はい。ですけれど、旦那さまを殺したのはわたくしではありません……」
家政婦は検事のために、遂に袋小路に追込まれてしまった感がある。彼女は滂沱たる涙を押えて、声を放って泣き出した。
検事は当惑の顔で、家政婦を一時引下らせるように命じた。
巡査に護られて家政婦の小林が、広間から出ていくと、帆村が何を思ったかその後を追って廊下へ出た。
二三分経つと帆村は、元の広間へ戻って来た。そのとき広間では、誰も皆、煙草をぷかぷかふかして、すっかり緊張を解いていた。と、長谷戸検事が、帆村の方を振返っていった。
「今、本庁へそういって、土居三津子をここへ呼ぶように手配しました。土居がここへ来るまで、外にする仕事もないから、暫く取調べは中止します。解剖の方も、今やっているところでしょうから、この報告もずっと先のことになりましょうからねえ。あなたも、ちと散歩でもして来たらどうです」
帆村の余興
帆村は、検事に礼をいって、卓上に並んでいる茶呑茶碗を一つを[#「茶呑茶碗を一つを」はママ]取上げ、温い番茶を一口|啜《すす》った。
一座は大寺警部を中心に、トマトの栽培方法について、話に花を咲かせている。
そのとき帆村が、長谷戸検事に声をかけた。
「検事さん、この休憩時間に、僕にすこし訊問をやらせてくれませんか」
帆村は今までにない積極的な申出をした。
「訊問を? 一体誰に訊問をするんですか」
「とりあえず二人あるんです。一人は亡くなった主人の弟の亀之介氏。そのあとが芝山宇平という爺さんですがね」
「亀之介と芝山の二人をね」検事はちょっと首をかしげたが、やがて肯いた。
「いいでしょう。許可します。しかしここで訊問をして下さい」
「はい、承知しました。じゃあ皆さんの御座興に、僕がちょっと余興をやらせてもらいます」
帆村の申出に、一座には顔をしかめる者もあったが、長谷戸検事はすぐ警官を手招きして、亀之介をここへ連れてくるように命じた。
暫くすると、二階の居間を出た亀之介が、のっそりとこの広間へ入って来た。
「何の用ですか」
機嫌はよろしくない。
「お聞きしたいことがある。そこへ掛けて下さい。この帆村が訊きます」
検事は親切に帆村のために段取を整えてやった。亀之介は、椅子をこの前と同じく、窓の傍へ引張っていって腰を下ろした。そしてまだ先刻のままに窓枠のところに載っている灰皿
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