ませんが、家政婦の小林が玄関の戸を開けて私を中へ入れたから、小林が覚えているでしょう」
 そういって亀之介は、家政婦の姿を見つけようとして首をぐるりと廻した。だが家政婦の姿はなかった。既に彼女は警官によって別間へ連れ去られた後であった。
「クラブを午前一時半に出たと仰有ったが、それを立証する道はありますか」
「ありますとも。クラブには徹夜の玄関番が居ますからね、会員が帰ればちゃんとしるしを付けることになっています」
「あなたは夕方から翌日の午前一時半まで、ずっとクラブに居られたんですか。その間、外へ出たようなことはありませんか」
「ありません。始終クラブに沈澱していました。嘘と思ったら玄関番と携帯品預り係に聞いて下さい」
「しかし玄関からでなくとも外出する方法はあるでしょうからね」
 検事がこういうと、亀之介さっと顔を赭くして、葉巻を叩いて灰をぽんと絨毯の上に落とした。
「異なことを伺うもんだ。すると貴官《あなた》がたは、私がクラブから脱けだしてこの邸へ帰って来て兄貴を殺した、それを白状しろというんですか」
「いや、そんな風に意味を取って貰っては困る……」
 と検事は急いで弁解したが、しかし検事の態度は言葉ほど困っているようには見えなかった。
「だって、そういう風に感じるじゃないですか、貴官の訊問のやり方は……。私は呑ン兵衛で馬鹿で簡単な人間なんですからね、廻りくどい言い方をされても理解が出来ない。真正直にいって貰うことを歓迎するんです。誘導訊問だとか、今のような訊き方は断然やめて下さい」
 そういった亀之介の態度には、兄亡き後の今、この邸の主権者は自分だぞという気配が匂うようでもあった。――帆村は、新しい煙草の箱をポケットから出して口をあけた。
「そう気になさることはないと思うんだが……」と長谷戸検事は相変らず冷静そのものという顔でいった。「じゃあ、こう伺いますか。確かにあなたはその日の夕刻から翌日の午前一時半までクラブから一歩も外に出られなかったんですか」
「そうです。そういう工合に訊いて下さい。――答は、然りです」
「被害者――あなたの御実兄は何故殺されたか、その原因についてお心当りはありませんか」
 検事はずんずん核心に触れた訊問を進めた。
「さあ、はっきりとは知りませんね」
「はっきりでない程度では何か思い当ることがありますか」
「さあそのことだが……」と
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