その毒がまだきいて来ない前に旗田氏に玄関まで送らせて自分は外へ出る。旗田氏は玄関を締め、それから居間に錠をおろしてこの部屋にひとりぼっちとなる。そのうちに毒がきいて来て、氏は皮椅子の中で絶命する――というのはどうです」
「ああっ、それだ」
大寺警部は失せ物を届けられたときのように悦んだ。検事の方は、同意を示すためにしょうことなしに頭をちょっとふった。
「土居三津子。今の話を聞いたろう。あの通りだろう」
警部は三津子にいった。三津子は兄の友人である帆村の発言に気をよくしたのもほんの一瞬のことで、論旨を聞けば気をよくするどころではなかった。それで彼女は涙を出した。
「いや、警部さん。僕が今言ったのは、単なる有り得べき解答の一つをご紹介しただけのことです。僕はこの婦人が、そういう方法で旗田氏に毒を呑ませたのではないと確信しています」
帆村は必ずしも警部の説を支持していないことが分った。
「今君の指摘した方法に違いないと思うんだが……」
警部は新たな確信に燃えて言い張る。
「いや、その解釈には一つの欠点があるのです。そういえばもうお分りでしょう」
そういって帆村が口を噤むと、一座は急に静かになった。係官たちは帆村にそういわれて何事かを思い出そうと努めたが為である。だが、いつまでたっても、誰も発言しない。
「もうお忘れになりましたか。鼠の屍骸のことです。あそこの洗面器の下に死んでいた鼠のことです」
ああ、と声を発する者もあった。帆村は言葉を続けた。
「あの鼠の死因は、古堀博士の鑑定の結果、中毒による心臓麻痺だと報告せられているのです。おもしろいではありませんか、鼠も旗田氏も同じ原因によって同時に生命を絶っているのですからね」
「それはたしかに興味がある話だ」と検事がいった。
「で、君の結論はどうなんだ」
「結論は今のところそれだけですよ。いや、それをちょっと言い換えましょうか。旗田鶴彌氏もあの鼠も、共に瓦斯体によって中毒したんだといえるのです。――だから、まずこの婦人はこの部屋にいる間にそれを行ったのではないということが分る。なぜならば、そんなことをすればこの婦人も共に瓦斯中毒によってその場に心臓麻痺をおこさねばならないわけになりますからねえ」
嘯《うそぶ》く亀之介
瓦斯《ガス》中毒による心臓麻痺鋭だ。本当かしらん?
「面白い考えだが、それを証拠立てる
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