どうですか」
 三津子は、すぐに応えられなくて、唇を噛んでいた。紙のように白くなった額に、青い静脈がくっきり浮んでみえた。
「……あのときはあたくしの心を悩ましている問題がございまして、それにすっかり気をとられ、他のことを注意する余裕なんかございませんでした」
「ああ、そうですか」検事は素直に相槌をうった。
「ところで、当夜あなたが鶴彌氏に対し、何か毒物を与えたのではないかという説があるんですが、これについて弁明出来ますか」
「ドクブツと申しますと――」
「つまり、人間を中毒させる薬をあなたが隠し持っていて、それを鶴彌氏に喰べさせるかなんかしたのではないかというんです」
「まあ、毒物を。そんな……そんな恐しいことを、なぜあたくしが致しましょう。また、たとえあたくしがそんなたくらみをしたとしても、あのとおり気のよくおつきになる旗田先生が、それをすぐお見破りになりますでしょう。ですから、そんなことは全然お見込みちがいでございます」
「それはそれとして、あなたは鶴彌氏が死ねばいいと思っていたんでしょう。どうか正直にいって下さい」
 検事は昔ながらに攻勢地点を見落としはしなかった。果然、三津子ははっと顔色をかえた。だが彼女はすぐ言葉を返した。
「それはそうでございます。旗田先生がお亡くなりになれば、この上の悪いことは発生いたしますまい」
「あなたは一体何を恨んでいたんです。それを聞かせて下さい」
「いいえ。何度おたずねになっても、あたくしはそれについては申上げない決心をいたしていますの」
 顔をあげると、三津子は、決然といった。そして反抗する輝きをもった視線を大寺警部の面へちらりと送った。
 事実、土居三津子は、旗田鶴彌に対する怨恨について、これまでに執拗にくりかえされた大寺警部の尋問にも、頑として応えなかった筋であった。
 長谷戸検事は、それ以上の追及をしなかった。そして予定していた頃合が来たと考えて、大寺警部の方へ目配せをした。それは訊問を警部の方へ譲るという合図だった。

   帆村口を開く

 大寺警部は立上ると、鶴彌が死んでいた皮椅子のところまで行ってその背をとんとんと、意味ありげに叩いた。それから又歩きだして、三津子の前に行った。三津子は、歯をくいしばって床を見つめている。
「とにかくこの家の主人が生前一番おしまいに会った人物はというと、君なんだからね。主人の死
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