」
「海面下に沈下したことは、知っている」
「――海面下○○メートルまでの陸地は、これを原子弾《げんしだん》破壊機によりて、悉《ことごと》く削《けず》り取り、瀬戸内海をはじめ各湾、各水道、各海峡等を埋め、もって日本全土を、簡単なる弧状《こじょう》に改め、その外側を、堅牢なるベトンをもって蔽《おお》いたり」
「ほう、たいへんなことをやったものだ。とうとう原子弾破壊機をもち出したのか。なるほど、それを使えば、このような大工事も、極く短い時間内に、仕上がるだろう」
原子弾破壊機というのは、すこぶる強力なる機械である。今から三十年前、物理学者は、このような機械が、将来必ず出現するだろうと、理論のうえから推理をして、一部の世人を愕かしたものだが、それ以来、わが国では、新体制下の科学大動員によって、極秘に研究をつづけ、そしてようやく五年前、その最初の機械を試作したのであった。これはすこぶる能率のいい機械で、一端から一のエネルギーを加えると、他端からその三百倍のエネルギーが出てくるというすごいものであって、その原理は、原子を崩壊して、これをエネルギーに換えることにある。
ずっと昔は、科学力において、世界の第十何位かにあった日本は、新体制をとってから、めきめきと科学力を増強し、二十五年後には、右にのべた原子弾破壊機の第一試作品をつくり上げることに成功し、それからこっちへ五年、とうとう、世界に魁《さきが》けて、強力なるその機械を十万台から整備するようになったのである。これを使えば、あの海抜四千メートル余もある富士山も、百台の機械でもって、わずか一時間のうちに、きれいに削り取られてしまうのであった。こんなことをいっても、三十年前の人間には、とても想像さえつかないであろう。
オルガ姫が、先を読んでいる。
「――かくして、わが日本は、外部より見て、完全に、要塞化《ようさいか》したるばかりか、内部においても高度の要塞設備を有するに至りたるものにして、特に四次元振動《よじげんしんどう》を完全に反撥《はんぱつ》するように留意《りゅうい》せられたり」
「四次元振動! はて、耳よりな話が出てきたぞ」
「――四次元振動の反撥装置は、かねて未来戦科学研究所において、研究ずみのものにして、これは凡《およ》そ百年ののちに役立つ見込みのものなりしが、最近急に実施の必要を生ずるに至りたるものにして、その理由は、実に、わが地球が、地球外の強力なる敵より、襲撃せらるる徴候《ちょうこう》見えしによる」
「地球外の敵? はてな、ではその敵というのは、あのX大使のことではあるまいか。オルガ姫、早く、その先を読め」
「――地球外の敵とは、実に、かの金星に住む超人《ちょうじん》のことなり。金星超人は、わが地球人類よりも、はるかに高度の文化を有す。その証拠の一をあぐれば、かれ金星超人は、四次元振動を発生するの技術を心得おりて、その怪振動を利用し、自己の姿を透明にし、いかなる鉄壁なりといえども、自由に侵入し来ること之なり。ああ、金星超人こそ、正に現代の恐怖の生物、宇宙の喰人種《しょくじんしゅ》というも過言《かごん》にあらざるなり」
「ああ、四次元振動か。なるほど、四次元振動で、海が見えなくなったり、鉄扉《てっぴ》を透して侵入したり、ふしぎなことをして、私を愕かしたのか。すると、X大使というのは、金星超人だったというわけだな。ほう、おそろしいことだ!」
私は、急に、はげしい戦慄《せんりつ》に襲われた。目の前が、まっくらになったように感じた。
怪! 四次元振動《よじげんしんどう》――博士の勲功《くんこう》
オルガ姫の解読《かいどく》はつづく。
「――故《ゆえ》に、わが日本は、急ぎ金星に対して、防禦手段《ぼうぎょしゅだん》を講ずるの必要に迫られたるものにして、強烈なる磁力と、混迷せる電波とをもって巧みなる空間|迷彩《めいさい》を施し、その迷彩下において、極秘の要塞化をなしたるものにして、今やわが日本は、空中より見るも、その所在を明らかにせず、また水中よりうかがうも、その地形を察知すること能わず、もし強《し》いて四次元振動をもって、ベトンに穿孔《せんこう》せんとすれば、侵入者は反《かえ》って激烈なる反撥をうけ、遂には侵入者の身体は自爆粉砕すべし。かくして、今や日本は、金星超人の襲来を恐れず、日本要塞は完成したるなり」
「ふうん、そうだったか。日本全体が、一つの要塞となったわけだな。オルガ姫、それからどうした?」
「――さりながら、黒馬博士に対して、余《よ》、鬼塚元帥は、そぞろ同情を禁じ得ざるものなり。以上述べたるところにより明らかなる如く、日本要塞は、外部より何者といえども、絶対に侵入するを許さざる建前《たてまえ》により、戒厳令中《かいげんれいちゅう》は、たとえ黒馬博士なりとも、ベトンを越えて日本要塞内に入ることを許されず。すなわち、黒馬博士は、戒厳令中、日本要塞より締め出されたる状態にあり、乞《こ》う諒解《りょうかい》せよ」
「なんだ、私は、祖国日本から、締め出しをくったのか。こいつは、けしからん」
オルガ姫は、先を読みつづける。
「――されど黒馬博士よ。貴下の勲功《くんこう》は偉大なり、貴下は、救国《きゅうこく》の勇士なり」
「えっ、私が救国の勇士だというか」
「――貴下は、或いはクロクロ島を操縦し、或いはまた三角|暗礁《あんしょう》に赴き、或いは魚雷型潜水艇を駆《か》って東西の大洋を疾駆《しっく》し、そのあいだ、巧みに金星超人X大使を牽制《けんせい》し、X大使の注意を建設進行中わが日本要塞の方に向けしめざりし殊勲は、けだし測《はか》り知るべからざる程大なり。もし貴下がX大使を牽制せざれば、X大使は、必ずわが本土に近づきたるべし。わが本土に近づけば、未完成のベトンを浸透して、国内に侵入し、わが要塞建設を察知すべく、よって直ちに金星へ通信し、金星大軍は、時を移さず、わが本土内に攻め入り、ひいては地球の大敗北を誘致するに到りたるものと想像し得らるるなり。黒馬博士の殊勲に対し、余鬼塚元帥は、深甚《しんじん》なる謝意《しゃい》と敬意とを捧ぐるものなり」
「ああ、そうだったか。あのX大使というのは、金星超人だったか。なるほど、それでこそ、四次元振動を起して、風の如く鉄扉を越えて闖入《ちんにゅう》してきたり、それから、私に四次元振動をかけて、ユーダ号へ連れていったり、魔術のようにふしぎなことを、やってみせたのだな」
四次元振動は、一種の魔術だ。米連艦隊の主力艦オレンジ号が、いきなり宙吊《ちゅうづ》りになったり、それから、艦体の半分が見えなくなったりしたのも、四次元振動を使って、人間を、あっと愕《おどろ》かすのが目的だったのだ。
それを諒解《りょうかい》するには、こんなことを考えてみるがいい。
平面の世界――いわゆる二次元世界に住んでいる生物があったとする。つまり、一枚の紙の上が、彼等の世界であったとする。今、彼等より一次元上の生物、たとえば人間の如き三次元生物が、傍《そば》へやってきて、その一枚の紙を手にとり、それを、いきなり二つに折り畳んだとしよう。すると、紙の両端だと思っていたところが、一瞬間に、互いに重《かさな》り合うだろう。両端どころか、同一点となってしまうのだ。
二次元生物には、紙が二つに折られたというような三次元的現象を想像する力がない。だから、人間から見れば、紙を二つに折るなどということは、すこぶる簡単なことなのであるが、二次元生物にとっては、これが魔術としか思われないのだ。
オレンジ号が、いきなり宙吊りになったことや、また艦体の半分が見えなくなったことなども、それと同様の説明がつく。つまり、金星超人の手によって、オレンジ号は、四次元的に扱われたのである。われわれ三次元生物から見れば、魔術としか思われないその現象も、彼等金星超人より見れば、何の苦もなき他愛のない悪戯《いたずら》にすぎないのであろう。
鬼塚元帥の電文によると、わが日本においても、世界に魁《さきが》けて、すでに、四次元振動現象の研究がすすめられていたということで、たいへん結構なことであるが、金星においては、更にそれよりももっと以前から、その研究が完成しており、四次元振動を自由に使いこなしていたのである。金星超人が、地球人間よりも、はるかに智能においてすぐれていることは、これでよく分った。
鬼塚元帥は、私を日本要塞より締め出しておきながらも、しきりに私の殊勲をほめてくれる。しかしどう考えても、締め出しは、恐れ入るの外ない。
それと同時に、私は、これまで知らないこととはいいながら、よくもまあかの恐るべき金星超人X大使と対等に張り合っていたものである。もし事前に、X大使の正体を知っていたとしたら、私はああまで、彼に対し、強硬なる態度を維持していることができなかったであろう。盲人蛇に怖じずという諺《ことわざ》があるが、私のX大使に対する場合も、それに近いものであった。
さて、私は、これからどうすべきであろうか。日本要塞から締め出しをくった私は、一体いずこへ赴くべきであろうか。
オルガ姫は、最後の節を読みあげた。
「――黒馬博士よ。余鬼塚元帥は、貴下が、このベトンの上を去り、クロクロ島に帰還せらるることを薦《すす》めるものである。クロクロ島は沈没したるも、貴下の手によって、修理し得られるものと信ず。クロクロ島が、貴下の手によって建造せられたるとき、余は博士に祝意《しゅくい》を表するため、磁石砲《じしゃくほう》という機械を贈呈《ぞうてい》し、島内に据付《すえつ》けしめたることを、博士は記憶せらるるや。その折、博士に対しては、かの磁石砲の一般的使用法のみを伝授し置きたるが、実は、かの磁石砲は、或る特別の使用法によって、更に愕くべき偉力を発揮するものなり。博士よ、クロクロ島に赴《おもむ》きて、磁石砲の操縦器を改めて調べられよ。中央に見ゆる三基のスイッチを、三基とも、停止の位置より逆に百八十度廻転せられよ。かくすることにより、磁石砲は、四次元振動|反撥砲《はんぱつほう》に変ぜらるべし。よって、その偉力《いりょく》を試みられよ。今日まで、かかる特殊の使用法あるを伝授せざりしは、わが日本要塞が未完成状態にありしを以て、それを伝授することは、機密漏洩《きみつろうえい》の虞《おそれ》あり、金星超人に乗ぜらるる心配ありしをもって、その伝授《でんじゅ》を只今まで、控えしものなり。さらば黒馬博士、クロクロ島へ帰れ。而《しこう》して、余よりの新しき命令を待て。余鬼塚元帥は重ねて博士に対し、深甚なる敬意を表す。――これで、元帥からの電文は、おしまいですわ」
と、オルガ姫は、終りを告げた。
「おお、そうか。なるほど、なるほど。では、オルガ姫、太平洋の海底に沈んだクロクロ島を探し求めて、そこへ帰ることにしよう。出発!」
私は元気よく、そう命令した。
大団円《だいだんえん》――X大使の敗北
クロクロ島の沈没個所は、大体分っていたので、私たちは、大してまごつきもせず、沈没島のそばへ近づくことが出来た。
私は、艇にのったまま、クロクロ島の周《まわ》りを、いくども、ぐるぐると廻って、損傷個所《そんしょうかしょ》をしらべた。
クロクロ島は、大きな岩礁《がんしょう》に、その底の一端をもたせかけ、島全体が、斜めになって、沈没していた。
いろいろ観察したが、結局、米連艦隊のために、浮沈用の水槽を破壊されていることが分った。
私は、それを見定めると、三角暗礁へ急行した。
三角暗礁には、こんなときの用意にもと、鋼板《こうはん》もあれば修理機械や喞筒《ポンプ》をもった工作潜水艇も、ちゃんと収めてある。
私は、オルガ姫の力を借りて、その工作潜水艇に、いろいろの材料を積みこみ、再びクロクロ島へ引返した。
私は、司令塔の総配電盤の前にすわりこんだ。オルガ姫は、艇を出て、水中に下りた。彼女は機械でできた人間だから、別に潜水服を着なくてよろしい。
工作潜水艦から、持って来た鋼鈑を取り下ろした。オルガ姫
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