ルから、手を放してしまったのである。
 私は、ぐにゃりと伸びた運転手の肩ごしに、手をのばして、ハンドルをぐっとつかんだ。
 片手でハンドルを握ったのだ。
 無理である。たいへん無理である。しかし私は、死にものぐるいで、ハンドルを左に切った。地下道の厚い壁はわが自動車めがけて、鋼鉄艦のごとく驀進《ばくしん》してきたが、私が、力一ぱいハンドルを切ったため、壁は、ぐーッと右に流れた。
「おお、これで衝突をのがれたか……」
 と思ったが、とたんに車体は、左に傾くと思う間もなく、呀っという間に、顛覆《てんぷく》してしまった。
 そのとき、自動車の硝子戸が、うまく壊れてくれなかったら、私はコップを鼻や口から外し、わが撒いた毒瓦斯により、自ら生命を縮めたかもしれない。コップを放すのが、窓硝子のこわれたよりも遅かったため、私の一命は、幸いに助かった。
 それでも、しばらくは胸が灼《や》けつくようで、とても気持がわるかった。私は、オルガ姫をよんで、外に助けだされた。
「ふん、おどろかせおった。このマリ子という奴は、どこの国のスパイだろうか」
 私は、マリ子の服を改めたが、彼女は悪心ぶかく、証拠になるよう
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