こっちを見ているではないか。
「おお、黒馬博士、待っていたぞ」
 X大使の声は、いつもとはちがって、やや上《うわ》ずっている。私は、もう観念した。そして階段を下りきると、X大使の前へ、つかつかと歩みよった。
「X大使。まだ私に、用があるのかね」
「おお、用事というのは、外でもない、わしは、これから自分の国へ帰ろうと思うのだ。君には世話になったから、一言《ひとこと》挨拶《あいさつ》をしていきたかったのだ」
「挨拶だって?」
「そうだ。鬼塚元帥から君へあてた電文の内容は、わしも知っているよ」
「そんな筈はない」
「なあに、わしは、オルガ姫が読んでいるのを、潜水艇の外から聞いていたのだ。だが、そんなことは、どっちだっていい。とにかく、地球へ派遣せられたわしの任務も、一段落となったから、これから帰途《きと》につくのだ。米連艦隊と欧弗同盟空軍とを闘わせたのは、地球に内乱を起させ、自壊作用《じかいさよう》を生じさせ、大いに消耗《しょうもう》させたつもりだったが、日本が、その誇るべき科学力をもって、四次元振動の反撥装置をもったベトンの中に隠れてしまったことには、さすがのわしも、すこしも気がつかなかったのだ。わしたちは、少々|自惚《うぬぼ》れていたと思う。四次元振動という新兵器をもっていけば、地球を圧迫することなどは訳なしだと思っていたのだ。ところが、それが誤りだったことが、はっきり分った。わしは、出直してくるよ。それから、わしの国の首脳部の者共《ものども》へも、地球を再認識するよう、極力《きょくりょく》説いてまわるつもりだ。やあ、黒馬博士、それでは君の友情を感謝して、さよならを告げるぞ」
「もう、帰るのか」
 X大使に、下から出られると、私もまた、彼に対し、ふしぎに惜別《せきべつ》の念を禁じ得なくなった。
「うん、今は帰るが、いずれそのうち、実力をもって、また君たちとまみえる折があろう。そのとき、また火花を散らそうぞ」
 そういったかと思うと、X大使の姿は、ふっと空間から消え去った。あとには、硬い床だけが残った。
(久慈たちは、何処へいった)
 私は、さわぎ立つ胸をおさえて、島内を、探しまわった。
「いない。久慈たちは、どこにもいない」
 私は、元の広間へ戻ってきた。そこには、オルガ姫がにんまり微笑《ほほえ》んで待っていた。
「オルガ姫。お前は、久慈たちを知らないか」
「ああ、久慈さんたちは、今そこに現われかけています」
 と、オルガ姫は、私のうしろを指した。
「なに、現われかけている」
 私は、うしろをふりむいた。そして、あっと愕きのこえをあげた。広間の隅に、久慈たちが朦朧《もうろう》と立っているのであった。しばらくすると、その姿は、はっきりとして、常人と同じになった。とたんに久慈たちは、非常な驚愕《きょうがく》の色をあらわし、折り重なって、私の前に倒れた。
 私は、久慈たちが、どこにいっていたかを、悟るところがあった。彼等もまた、X大使のために、四次元世界に放りこまれていたのにちがいない。そして大使はこのクロクロ島を去ると共に、久慈たちをもとの場所にかえしてよこしたのに相違ない。
 私は、久慈たちが、落着《おちつき》を取戻して、仔細《しさい》を物語ってくれるのを待つことにした。
 今クロクロ島は、森閑《しんかん》としずまりかえり、只《ただ》久慈たちの吐息《といき》だけが、大きく聞えている。このとき私は、わが地球が、近き将来、金星に向って喰うか喰われるかの大宇宙戦争を開始すべく運命づけられていることを、はっきり胸にきざみつけられた次第である。
 日本要塞の武装が、やがて更に発展して全世界に拡がり、「地球要塞」となる日も、決して遠い将来ではないであろう。いや、金星のブブ博士は、今より三十年後には、地球が一大要塞化することを見極《みきわ》めて報告していたではないか。地球上の戦争は果てても、戦争は更に宇宙へ向って延長し、戦争の果てる時は遂《つい》に永遠に来ないであろう!



底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一書房
   1990(平成2)年4月30日第1版第1刷発行
初出:「譚海」
   1940(昭和15)年8月〜1941(昭和16)年2月号
※底本の「わが撤いた」を「わが撒いた」に改めました。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年5月31日作成
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