らない。さっぱりわからない。
 あの夥《おびただ》しい日本人は、どこへいってしまったであろうか。鬼塚元帥は、どうなったであろうか。
 わからない。さっぱり、わけがわからない。
 私は、悶々《もんもん》として、二時間ばかり、そこに時間を過ごしていたであろう。
 いくら、こうしていても、際限《きり》がないので、私は仕方なく、またもう一度、三角暗礁へ帰ることにしようと思った。謎は、ついに解けそうもないのであった。私は、オルガ姫をよぶために、伝声管を手にとって、新しい命令を伝えようとしたが、そのとき、オルガ姫の方が、私に呼びかけてきた。
「ベトンから、塔のようなものが、もちあがってきました。右舷前方、約十メートル先です」
「なに、塔のようなものが、もちあがってきた?」
 ベトンは、墓場のようなものであろうと思っていたのに、今オルガ姫の知らせによると、そのベトンの背中から、塔のようなものが、もち上ってきたというのである。
 私は、ひどい衝撃をうけて、目まいを感じた。しかしそれをやっと怺《こら》えて、水中望遠鏡に目をあてた。なるほどたしかに右舷前方十メートルばかりのところに、頭を丸くした小さい灯台のようなものが、むくむくとのびあがってくる。一体あれは何であろうか。
 逃げるか、それとも、もっと傍《そば》によって、仔細《しさい》に観察すべきであろうか。
 私が、俄《にわ》かに判断しかねていると、その水中塔の頭が、とつぜん、ぴかりと光った。それはうつくしい青緑色《せいりょくしょく》の閃光《せんこう》だった。
 つづいて、ぱっぱっぱっと、三点閃光があった。私は、おやと思った。
 そのうちに、こんどは真赤な光にかわった。その赤色光は、消えなかった。その代り赤色光は、いつの間にか橙《だいだい》色にかわった。
 橙色になったと思っているうちに、今度は淡紅色《たんこうしょく》に変った。――ここに於て、私は万事を察した。
「おい、オルガ姫。あれは、色彩信号《しきさいしんごう》だ。解読してくれ。ほら、例の暗号帳の第三十九頁に出ているあれ[#「あれ」に傍点]だ」
 私は、俄《にわ》かに元気づいた。
 色彩信号だ。この色彩信号というのは、さっきもちょっといったように、色彩の変化により、信号をつたえるもので、モールス符号よりも簡単で、且《か》つ速く送ることが出来る。一分間に一万字は送れる。
 だが、これは肉眼で見分けることは、ちょっとむつかしい。オルガ姫のような人造人間でないと、うまく受信が出来ない。
 色彩信号は、近距離用のものである。四、五十メートルも離れると、何が何だか、わからなくなる。
 さて、どんな信号を送ってくるか。いや、それにも増して、私が悦《よろこ》んだのは、鬼塚元帥との連絡がとれる見込がついたことであった。色彩信号は、ごく最近、鬼塚元帥が考え出した極秘の通信法の一つであった。それを使うかぎり、鬼塚元帥からの通信であると考えて、まず間違いないのであった。
 ああ、鬼塚元帥と連絡がつけば、きっと私は、愕《おどろ》くべきニュースを受取ることになろう。


   金星超人《きんせいちょうじん》――海底にかくれた日本


 色彩通信は、間もなく停った。
 それとともに、水中塔は、ずぶずぶと、ベトンの中に沈んでいった。そして、そのあとは、平坦なベトン面となり終った。
「オルガ姫、信号の解読は、まだ出来ないのか」
 私は、待切れなくって、催促《さいそく》をした。
「はい、もう五分間、お待ち下さい」
「早くやってくれ」
 早くやってくれといいつけても、相手は人造人間だから、どうなるわけのものではないが、それにも拘《かかわ》らず、催促しないではいられない。私は、元帥が、なにをいって来たか、早く知りたくて仕方がないのだった。
「はい、解読を終りました」
「そうか。じゃあ、始めから、読んでくれ」
 私は、胸をおどらせて、オルガ姫が、どんなことを読みあげるかと、それを待った。
「では、読みます。――鬼塚元帥は、黒馬博士|坐乗《ざじょう》の魚雷型《ぎょらいがた》快速潜水艇を認めて、博士の健在を大いに慶祝するものである」
「おお、そうか。想像していたとおり、やっぱり、鬼塚元帥からの通信だったか。それで、どうした。先を読め」
「――わが敬愛する黒馬博士に対し、甚《はなは》だ遺憾《いかん》なることなれども、余は博士を、当分の間、わが日本より閉め出すの已《や》むなき事態に至れることを、謹《つつし》みて通告する次第である」
「なに、日本より閉め出すというのか。オルガ姫、その先を……」
「――何故に、かくの如き手段をとるに至りたるかについては、余はその説明に、非常なる困難を覚ゆるものにして、まず劈頭《へきとう》において、わが日本国が、海面沈下《かいめんちんか》したることを告ぐるなり
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