だから、言葉をかえていえば、祖国日本は、いま行方不明であるともいえる。私は、この際、なにはおいても、祖国の安否を知るため、急行で引返すのがいいと思った。
(うむ、祖国へ帰ろう。ついでに、元帥に会って、親しくX大使の事件を報告しておく必要がある。もしも祖国へ予告もなしにX大使があらわれるようなことがあったとして、誰か取扱い方をあやまるようなことでもあれば、一大事だ。折角の味方が、敵になっては困る。しかも敵といっても、大敵なんだから……)
 私は決意した。
「オルガ姫、快速潜水艇の修理は、出来あがっているのか」
 私は久しぶりに、オルガ姫の名を呼んだ。
「はい。修理はすみました。いつでも、出動できます」
「そうか。では、すぐ出かけよう。日本へ急行するのだ」
「はい」
 私は、「三角|暗礁《あんしょう》の日記」に、簡単に祖国への出発の次第を記して、この重宝な基地を、また立ち出でた。私たちは、また、狭くるしい魚雷型潜水艇の中に、横になった。
「出発します」
 洞窟《どうくつ》の壁がうごきだした。窓の外を、鱶《ふか》がさっと通りすぎた。間もなく窓外《そうがい》は、まっくらとなった。三角暗礁を出たのである。
「全速力だ。そして、いつものところへつけるのだ。東京港の潜水洞《せんすいどう》へ!」
 艇は、おいおいと速度をあげていった。海流にぶつかり加速度が不意に落ちると、ずきずきと頭痛が始まった。この潜水艇による大渡洋は、なかなか骨が折れる。
 暫《しばら》くいくと、水中聴音器から、気味のわるい振動音が聴えてきた。それは、いけばいくほど激しくなってきた。
「爆雷のようだが……」
 私は、透過式《とうかしき》の電子望遠鏡をひきよせて、はるかに音のする海底を見やった。
「ああ、爆撃だな、すると、あそこは、米連主力艦隊の位置であろう」
 私は、電子望遠鏡を調整して、海面から上を覗いた。
「おう、やっているな。これは、空前の大激戦だ!」
 なんたる壮観《そうかん》! 空中には、何千機とも知れず、さまざまの形をした飛行機が、入り乱れて闘っていた。そのあたり一帯は、無数の小さい雲の塊のようなものがとんでいる。それは、真下にあえいでいる米連主力艦隊が、必死となって撃ちあげている角砲の硝煙であった。
 米連側は、艦載《かんさい》の快速戦闘機をもって、対抗しているらしいが、見たところ、欧弗同盟軍の方が優勢らしい。米連の艦隊は、煙幕の中に隠れているが、その半数は爆撃のため損傷をうけ、傾いている。惨状《さんじょう》は、目を蔽《おお》いたいくらいだ。その中に、旗艦ユーダ号が、なおもひらひらと司令長官旗を掲げ、陣頭に立っているのは、むしろ悲壮な感じがした。この様子では、ピース提督も、間もなくユーダ号とともに、海底に沈んでしまうことであろう。
 私は、両軍の大死闘をもっと見ていたかったが、それよりも祖国のことが心配になるので、興味あるその戦場を、ほんの十数秒の間にすりぬけてしまった。
 それから一時間ばかり経った。もうそろそろ、東京港のシグナルが聞える筈であった。が、一向に、それが聞えない。そのうちに、潜水艇が急に速度をおとしてしまった。
「どうした、オルガ姫」
「たいへんです。東京港の潜水洞があった場所まで来ましたが、肝腎《かんじん》の潜水洞が見えません」
「場所がちがっているのではないか、よく探してみろ」
「いいえ、間ちがいなく此処《ここ》なんです」


   ああ日本国消滅か――潜水艦の針路を北へ修正した


 東京港のシグナルもきこえなければ、艇をつけるべき潜水洞も見あたらない。私の胸は、早鉦《はやがね》のように鳴りだした。
「オルガ姫。一体これは、どういうわけだろうね」
 私は、思わず、こんなことを口走った。
 オルガ姫は、それに応えなかった。オルガ姫は人造《じんぞう》人間だから、わけのわからぬことをたずねても、だめである。人間ならば、意見をいうであろうが、彼女には、それができない。
「弱ったなあ、どうすればいいのだ」
 私は、潜水艇の中で、われるような頭を抱えて、呻吟《しんぎん》した。
 いい考えが浮かばない。不安の影が、ますます濃く、そして大きく拡がっていくのであった。祖国日本が、そのままそっくり、天外にとび去ったのではないかと、妙な錯覚を起したくらいであった。
 三十分ばかり、私は、地獄の釜の中で茹《ゆ》でられているような苦しみを経験した。が、その後になって、多少気分がおちついてきたように思った。私はようやく考える力を取戻したのだった。
「そうだ。そのへんに、どこか上陸のできる場所があるはずだ。そこを探して、上へあがってみよう」
 私は、オルガ姫に、新しい命令を出した。
「オルガ姫、上陸地点を探して、艇をそこへつけたまえ」
「はい」
 艇のエンジンが、再
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