ってなおすから……」
といったが、私は、X大使が三角暗礁を知っているのに、ひそかに舌を捲いた。
「そんなことなら、訳なしだ。ほら、その出入口の扉を開いて見たまえ」
「えっ、何だって」
「何だっても、ないよ。もう、ちゃんと、三角暗礁の埠頭に横づけになっているよ。嘘だと思ったら、外を見るがいい」
「それは嘘だ。たった今、敵艦の鎖をふり切ったばかりなのに……」
と、私はいったが、念のためと思い、外を覗《のぞ》いて見て、おどろいた。正しく艇は、三角暗礁の洞穴に入っている。そして、ちゃんと例の埠頭へ横づけになっているのであった。
「これは、不思議だ」
まるで、夢のような話であった。X大使の不思議な力は、幾何学を超越している。
「オルガ姫、出入口の扉をあけろ」
「はい」
扉は、あいた。扉の向うには、太い鋼管で出来た通路が見える。なるほど、たしかに三角暗礁へ戻ってきたのである。私は、X大使の不思議な力に対する検討はあとのことにし、オルガ姫を促して、通路を伝わって内部へ入った。
私は、なによりも、執務室へ飛びこんで、机の上にあった「三角暗礁日記」の頁《ページ》を繰った。
「ほう、これは愕いた」
頁の上には、たしかに私が書き残して置いた日記文があった。間違いなく、私は三角暗礁へ戻ってきたのだ。だが、私の日記文のあとに、もう一行、私の筆跡でない記事が書きつけられてあった。
“○月○日、黒馬博士艇は、X大使の救助をうけて、破損せる艇もろとも、この三角暗礁へ帰還せり”
私は、うーむと、唸《うな》った。
旗艦《きかん》ユーダ号――ピース提督を訪問せよ
後で思い出しても、そのとき私は、さもしい気を起したものだと、冷汗が流れるのだが、日記のうえの、X大使の記事を見ると、私はついむらむらと不快な気分になった。そこで私は、ペンを取り上げて、日記の頁に向った。
「おい、黒馬博士。待ちたまえ」
「うむ」
X大使の声だ。大使は、まだ私の身辺にいたのである。
「折角わしの書いておいた記事を、君は消すつもりではあるまいね」
私は無言で、ペンを捨てた。私は赤面した。
「黒馬博士。わしは、二度、君の希望に従い、協力した。もう一つ、わしは君に力を貸してもいいと思っている。で、どうだね、これから、米艦隊の旗艦に、司令長官ピース提督を訪問してみてはどうかね」
X大使は、とんでもないことをいいだした。
「もとより、それは希望するところであるが、これから、どうして敵の旗艦に近づけばいいか。私が甲板《かんぱん》を踏む前に狙撃でもされれば、おしまいだ」
と、私がいえば、X大使の声は、
「そんな心配は無用だ。安全に行ける方法がある。君は、ピース提督に会い、そして安全にここへ戻って来られるのだ。決して間違いのないことを、わしは保証する」
「しかし、私には信じられない。少くとも敵は、私を捕虜にしないではいないだろう」
「安心したまえ。ねえ、黒馬博士。君は、わしの力を信じないのかね。あの七、八本の鎖を切断したときのことを考えて見給え。それから、一瞬のうちに、三角暗礁へ艇をつけてあげたことを考えてみるがいい。君は、私の力を信じないのか」
「いや、信じないわけではない。しかし、私には、君が何故そのような不思議な力を持っているか、それが解らないのだ。また、なぜ、そんな不思議なことが出来るのか、理解できないのだ。これまで君のやっていることは、物理学の法則を蹂躙《じゅうりん》している」
「あははは、物理学の法則を蹂躙しているは、よかったねえ。しかし、これは、人間――いや君たちの勉強が、まだ不充分なためだよ」
「なんだと……」
「わしの力の不思議さを探求したかったら、わしを信じてこれから旗艦ユーダにいってみるがいいではないか」
「うむ」私は、しばらく黙考した。
とにかく私は今、昔日の黒馬博士とは似もつかないほど、自信を失っている。X大使の、この超人間な偉力に圧倒されているうえに、クロクロ島は沈没し去り、魚雷型潜水艦はめずらしく故障となり、それから鬼塚元帥との連絡が、ぱったり杜絶《とだ》えてしまったのである。なにもかも、滅茶滅茶である。しかも、クロクロ島を沈没させ、私を捕虜にしようとした憎むべき無礼なる米連艦隊は、なお付近を游弋《ゆうよく》しており、もし自分の推測にまちがいないならば北上して日本本土を衝《つ》こうとしているのだ。過去において、これほど私が自信を失った経験はないのである。そこで私はあえてX大使のすすめに従おうと決意したのであった。
(X大使の魔術にのるなんて、危いではないか!)
と、後世、或いはいう人があろう。しかし私は、X大使のこの超人間的な力を、単に魔術だとは、解していないのであった。それは、或る非常にすぐれた科学だと思っている。科学というよりも、技
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