だ。
もちろん私は、提督の願いを一蹴した。すると提督は、私の真意を勘ちがいして、更に歎願するのであった。
そのとき、私の耳許に、囁《ささや》いた声があった。
「黒馬博士。ピース提督に、こう云ってみたまえ。“では提督は今直ちに立って、欧弗同盟国軍に対して、砲門を開くだけの決心があるか”と……」
それは、X大使のこえだった。
私は、ちょっと無念だったけれど、前からの約束でもあったから、大使のことばを、提督につたえた。
すると提督は、失心せんばかりに愕いて、
「いや、そんなことは出来ない。それは、絶対に不可能だ」
X大使のこえが、また私の耳にささやいた。私は大使の代弁者となって、大使のささやくとおりを云う。
“君が、欧弗同盟軍に対して砲門を開くことは、絶対不可能だというなら、こっちも四次元跳躍術をコーチすることは真平だ”
「ま、待ってください。余に、しばらく考える時間をあたえよ」
“ぐずぐずしていられないぞ。副長が、こっちへ来る様子だ”
「あっ、副長が……。ここからは見えない筈の艦内まで、博士は見る力を持っているのか。うむ、愕いた。……が、今しばらく……」
気の毒にピース提督は、すっかり元気をなくしてしまった。彼はどうしていいかわからないという風に、身悶《みもだ》えしていたが、やがて、やっと決心がついたという顔になって、
「では、こうしましょう。欧弗同盟軍へ砲を向けることは出来ないが、欧弗同盟軍に対し、戦闘を中止するように勧告しましょう。それで、日本も大東亜共栄圏も安泰です。このへんを妥協点として、我慢していただきたい」
すると、X大使は、急に狼狽したようなこえになって、
“それは賛成できない。平和になってしまうのでは、仕様がない。あくまで、欧弗同盟軍と闘ってもらわないと困る。闘わないというのなら、こっちにも覚悟がある”
「それは無理というものだ。余には、欧弗同盟軍を砲撃せよと命令する権限がない。ワイベルト大統領にいっていただきたい」
“おいおい、呑気《のんき》なことをいっては困る。貴官の話を聞いていると、まるで、ワシントンの海軍省の応接室で、貴官の話を承っているようじゃないか。現在の事態は、そんなものではないぞ。おいピース提督、貴官及び貴艦隊は、いま私の掌中ににぎられていることを知らないのか”
「それは分っている。しかし余には、そんなことはできない」
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