とをいいだした。
「もとより、それは希望するところであるが、これから、どうして敵の旗艦に近づけばいいか。私が甲板《かんぱん》を踏む前に狙撃でもされれば、おしまいだ」
 と、私がいえば、X大使の声は、
「そんな心配は無用だ。安全に行ける方法がある。君は、ピース提督に会い、そして安全にここへ戻って来られるのだ。決して間違いのないことを、わしは保証する」
「しかし、私には信じられない。少くとも敵は、私を捕虜にしないではいないだろう」
「安心したまえ。ねえ、黒馬博士。君は、わしの力を信じないのかね。あの七、八本の鎖を切断したときのことを考えて見給え。それから、一瞬のうちに、三角暗礁へ艇をつけてあげたことを考えてみるがいい。君は、私の力を信じないのか」
「いや、信じないわけではない。しかし、私には、君が何故そのような不思議な力を持っているか、それが解らないのだ。また、なぜ、そんな不思議なことが出来るのか、理解できないのだ。これまで君のやっていることは、物理学の法則を蹂躙《じゅうりん》している」
「あははは、物理学の法則を蹂躙しているは、よかったねえ。しかし、これは、人間――いや君たちの勉強が、まだ不充分なためだよ」
「なんだと……」
「わしの力の不思議さを探求したかったら、わしを信じてこれから旗艦ユーダにいってみるがいいではないか」
「うむ」私は、しばらく黙考した。
 とにかく私は今、昔日の黒馬博士とは似もつかないほど、自信を失っている。X大使の、この超人間な偉力に圧倒されているうえに、クロクロ島は沈没し去り、魚雷型潜水艦はめずらしく故障となり、それから鬼塚元帥との連絡が、ぱったり杜絶《とだ》えてしまったのである。なにもかも、滅茶滅茶である。しかも、クロクロ島を沈没させ、私を捕虜にしようとした憎むべき無礼なる米連艦隊は、なお付近を游弋《ゆうよく》しており、もし自分の推測にまちがいないならば北上して日本本土を衝《つ》こうとしているのだ。過去において、これほど私が自信を失った経験はないのである。そこで私はあえてX大使のすすめに従おうと決意したのであった。
(X大使の魔術にのるなんて、危いではないか!)
 と、後世、或いはいう人があろう。しかし私は、X大使のこの超人間的な力を、単に魔術だとは、解していないのであった。それは、或る非常にすぐれた科学だと思っている。科学というよりも、技
前へ 次へ
全78ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング