うに懸っている薄紫の光の橋を見たそうである。その下端は、たしかに海面に達していた。その哨戒機は、直ぐ気がついてレーダーをそっちに向けた。ところが、レーダーには何にも感じなかったという。ただその薄紫色の虹の上端が始め見えたときよりも遙かの上空まで細くなって伸びているのを認めただけだったということだ。
「怪人集団は、地球から撤退したんだ。恐らくエンジンの修理が出来たんで、出発したんだろう」
 ワーナー博士は、そのように説明した。
 ホーテンスの話によると、彼等三名以外の者は城塞へ収容されて間もなく死亡したという。彼等の遺骸だけは、戻って来なかった。恐らく怪人たちは、この前日のこっちからの申し入れを聞入れて、生きているホーテンスたち三名を返して寄越し、その代り遺骸となっている分だけは、すばらしい土産――地球人類の標本として、彼等の星へ持ちかえったものと思われる。
 怪人集団は、本当に地球を撤退したものらしく、その後念入りに大西洋の海底探査が行われたが、彼等の姿もその城塞も発見されなかった。またかつては頻々《ひんぴん》と椿事《ちんじ》を起して世界の人々を戦慄せしめた怪事件も、その後すっかり跡を絶った。
 こうして、ゼムリヤ号の山頂座礁事件から始まった一連の恐怖事件は、一応解決し、終結をとげたのであった。そしてこの事件の名称は、ゼムリヤ事件の名誉ある第一報発信者のドレゴが採用したとおり“地球発狂事件”と呼ばれることに本式の決定をみた。この物語はこれですべて述べ終ったのであるが、なお、この上に書きつけて置くのがいいかと思われることは、エミリーが遂に水戸夫人となったことであるが、これはそう簡単なことでなく、殊に当時水戸が仲々うんといわなかったのを、ドレゴがさんざん説きつけてやっと結実に至ったのだった。それは水戸がエミリーを嫌っているわけではなく、水戸は結婚という問題をこの十年あまり全く考えたことがないためであったという。
 それから、これは今更説明する必要もあるまいが、ゼムリヤ号がヘルナー山頂に吹き上げられたのも、駆逐艦D十五号が一団の火焔と化したのも、共に彼の怪物団の行使した驚異のエネルギー投射によるものであった。
 それからもう一つ、水戸記者が、かかる事件を探訪して、「あのような事件を肯定するためには地球が発狂したと思わねば答えが出ない」といった言葉は、正しく当っていた。確かにそうであった、あれは地球外における力が作用したものであって、地球だけの諸条件をもってしては到底解答が出来ないものだった。だから水戸記者が初めからこれを「地球発狂事件」と命名したのは的中だったのである。尤《もっと》もそれは彼の直感によったものではあったけれど。
 すぐれた直感の奥には必ず正しい真理が存立するものなのである。



底本:「海野十三全集・第11巻・四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「協力新聞」1945年9月1日〜1946年(終号未詳)に丘丘十郎の筆名で連載
※作者の誤記や誤植が強く疑われるところは、訂正して註を入れました。ただし、今回訂正したもの以外にも疑わしいところがあるので、他の底本があれば、再度チェックしたいと思います。(入力者)
※底本には、送り仮名の不統一、同音異字同義語の混用、同音異義語の混用、誤用などが多数見られますが、意味が通じると思われるものには、訂正を加えませんでした。(校正者)
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(入力者、青空文庫)
入力:もりみつじゅんじ
校正:武内晴惠
2000年2月2日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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