たことを。それに代ってテレビジョンの送影機を投げこむと、尊い人間の生命を脅かされることは全然ないんだからね。それにテレビジョンの送影機をあんなにどっさり相手の周囲に投げこむなんてぇ、こんな大掛りなことは、わがアメリカじゃなけりゃ何処の国がやるだろうか。痛快じゃないか」
「なるほどね、ずいぶん突飛なことを考えたもんだ。ビッグ・アイデアだよ」
「あの籠みたいなものに、送影用のレンズや発振器装置などがついているんだ。そしてあの鋼条の中には絶縁されたアンテナ線が海面までつづいていて、海面からそれがテレビジョンの像電波を発射しているんだ。それをアメリカ本国では、沢山の受影機に捕捉し、あらゆる角度から怪人集団の様子を監視しているのだと思うね」
「すると、怪人の姿もうつっていいわけだよ。それはこの器械じゃ見えないのかね」
「僕もそう思って、さっきから、いろいろと同調波長を変えて、違った映像をうつしてみたんだが、残念ながらそれらしいものを捉えている電波はなかった」
そういっているとき、受影幕の映像が突然ぱっと消えた。あとに明るい縞目の光のみが走る。
「あれっ、変だなあ。同調が外れたかな」
局長は目盛盤を前後へ廻してみた。だが再び前のような映像はうつらなかった。
「周波数はちゃんと合っているのに……変だなあ、電波が消えたらしい」
「どうしたんだ、停電かね」
ドレゴが訊いた。
「停電じゃない。今まで受けていたテレビジョンの電波が停ってしまったんだ。じゃ別の電波に合わせてみよう」
局長は目盛盤をうごかして、ちがった映像を映写幕の上にうつし出した。それはずっと後方に位置する送影機からのものらしく、怪人集団の城塞はずっと小さくなって見えた。その代りに、鋼条で吊り下げられた籠のような形の送影機が五つも六つも見えた。
と、画面が突然ぱっと眩《まぶ》しく光った。
「あ痛ッ」
ドレゴが叫んだ。
「どうした、ドレゴ君」
局長がドレゴを背後から抱えた。するとドレゴが、わははと笑い出した。
「どこだ。痛いといったではないか」
「わははは。幕の上でぱっと光ったので、僕は手榴弾かなんかを投げつけられたような気がしたんだ。わははは、神経だよ、全く神経のせいだ」
「人騒がせな男だね」局長はドレゴの身体から手を放して、肩をすぼめた。が、彼はこのとき幕面へ目をやるが早いか、ドレゴが先に発したよりも大きな声で叫んだ。
「あッ、やられた。このへんにぶら下っていたテレビジョンの籠がやられてしまった」
そういっているとき、また、ぱぱッぱぱッと幕上の相ついで閃光が二人の目を射た。
「おいドレゴ君、分るかい。折角投げこんでおいたテレビジョンの送影機が、今|片端《かたはし》から破壊されて行くのだ」
「ええッ、何だって」
「送影機が片端から壊《こわ》されて行くんだよ。あっ、光った。見たかね、怪人集団の城塞に、小さな灯がつくと、すぐそのあとで送影機が爆発してしまうんだ。城塞から何か出しているよ、怪力線か放射線か、何かそういう強力なものを……」
「すると怪人集団が、あの籠を見つけて壊しにかかっているんだろうか」
「そうらしい」
といっているとき、幕面がぱっと白くなって映像が消えてしまった。
「あっ、やられた」
「えっ」
「今まで像を送ってくれていた送影機がやられちまったんだ。ああ、それで分った。さっきもこんなことがあったね。あの前の送影機もやられちまったんだ」
「すると、怪人集団がどんどん送影機を壊しているというわけか」
「そうなんだ。それに違いない、早くも彼等は悟ったんだね。テレビジョンで見張られていては都合が悪いというんで、どんどん壊しにかかっているんだ。ああ、折角の名案も効なしか」
変装の友
ドレゴは落ちつかぬ心を抱いて、グロリア号から埠頭へ戻った。
小蒸気船からあがるとき、彼はポケットに手を入れて金をつかみ出した。と、金に変って、彼の持ち物ではない小さいナイフが一挺入っていた。どうしたわけだろうと訝《いぶか》りながら、そのときは深く気にも留めず、船長に料金を払った。
海岸通は明るく灯がついて、いつものように客で賑っていた。
彼はすっかり精神的に疲労を感じていたので、早く一杯やりたかった。そこで、あまり馴染《なじみ》ではないが手近いところで酒場ペチカの扉を押して入った。
大入満員だった。相変わらず下級の船乗の顔が多い。
「これはこれはいらっしゃいまし、ドレゴさま。奥の方にいい席がございます」
ボーイ頭が心得顔に先に立って案内した。
そこは柱の蔭になっていたが、小綺麗に飾ったいい席だった。彼は強い酒を注文した。ボーイが去ると、すぐ女が来た。彼は今日は用がないからといって女達を無愛想に追払った。
酒は猛烈にうまかった。ボーイを呼んで、次の分を注文すると共に、彼へチップを、はずんだ。
彼の掌の上に、またもや彼の持ち物ではないナイフが載った。彼はそのことを改めて思い出した。
「どうしてこんなものがポケットに入っていたんだろう」
彼はそれを捨てようとして隅っこへ放りかけた。が、ふと気がついて、それをやめると、掌をひらいてそのナイフにじっと見入った。
彼の顔が紅潮して来た。彼は拳でぽんと卓子の上を叩くと、顔色をかえて立上った。
「……おお、これは水戸のナイフだ」
そのとき彼の腕をしっかりと抑えた者があった。ドレゴはその方へ振向いた。毛皮の長い外套を着、頭には同じく黒い毛皮の帽子をすっぽり被り、首のところを――いや顔の下半分をマフラーでぐるぐる巻き、茶色の眼鏡をかけた男が立っていた。
「しずかに……。御同席ねがえましょうかな」
「君は誰?――ああ、そうか……」
「しずかに。重大なんだ。極めて重大なんだから……」
その毛皮の男はドレゴを席に戻すと、自分もその横にしずかに腰を下ろした。ボーイが来たので、ドレゴは同じ酒を注文した、咽喉にひっかかったような声で……。
ボーイが向こうへ行ってしまうと、ドレゴはじっとしていることに、汗をかいて努力をした。しかし彼の靴は床をハイ・ピッチで叩きつづけている。
「……心配したぞ」
もうこれ以上|怺《こら》えきれないという風に、ドレゴが相手に囁いた。
「うん」相手は肯いた。
「僕が今自由の身になってこの町にいるということが知られては、非常に拙《まず》いんだ」
「そうか」
「しかし君の力を借りないでは、僕は思うように行動がとれないんだ」
「力は貸そう。で、身体はどうなんだ。一行全部遭難して全滅だと伝えられているが……」
「それは心配するな。少くとも僕自身は大した負傷でもない」
「それを聞いて安心した。このナイフは君へ返しとこう。いつ僕のポケットへ突込んだのか」
「あの汽船の舷梯の下で……」
「あっ、あのときか」
ドレゴは大きく目をあいて、友の顔をまじまじと見返した。
「頭から顔にかけてぐるぐる包帯を巻いていた怪我人が君だったのか」
「叱《し》ッ」
ボーイが酒を置いて、卓子の上を拭いていった。
「これから何をしようというんだ、人々の目から隠れて……」
「むずかしい使命だ、ワーナー博士からの切なる懇請によって……」
「ワーナー博士も無事なのか」
「まあねぇ」
「で、何をするって」
「潜水艦を手に入れなければならない」
「潜水艦? そんなものはアメリカにたくさんあるんだろうに……」
「アメリカのでは駄目。ぜひヤクーツク[#、87−上段−7]造船所製のものが必要なんだ」
「ヤクーツク[#、87−上段−9]造船所のものが……。だってあそこで潜水艦を作った話は聞いていないぞ。それに、何もわざわざあんなところの手を借りなくても……」
といいかけてドレゴは出かかった言葉を急に嚥みこみ目を皿のように大きくした。
「……そうか、あの一件だな、ゼムリヤ号の耐圧力……」
「そうなんだ。あのすばらしい耐圧力を持った潜水艦がぜひ欲しいんだ」
「ふうん、それは……それはどうかなあ、果たしてうまく行くかなあ。困難だねえ、大困難だねえ。それにあそこで潜水艦をこしらえたという話は一向耳にしていないからね」
「たとえこれまでに建造したことがなくっても、今度ぜひ建造して貰わねばならないのだ」
「大困難。不可能。たとえ百の神々が味方したって、まず絶望に近いね」
怪人対策の懸賞募集
水戸はドレゴの家に隠れて生活することとなった。
ドレゴは、水戸の顔を見るなりエミリーの恋を水戸に伝えたく思ったが、仲々その機会がなかった。それでもその翌朝は、彼に伝えることに成功した。だが水戸は一笑に附しただけであった。ドレゴは不満であった。東洋人というやつは、なぜにこう人間味がなくて枯れ木のようなんだろうと。
エミリーに一度会ってやることを薦《すす》めもしたが、水戸は一層強くそれを断った。サンノム老人の下宿へも帰れない現状において、どうしてエミリーに会えるだろうかというのだった。ドレゴは反駁《はんばく》して、エミリーは水戸のためなら水火も辞せない女だから、秘密を他へ洩らすようなことは絶対にないと力説したが、水戸は頑固にそれを受入れなかった。そしてソ連へ入国する機会を早く得てくれるようにと、ドレゴに一所懸命頼んだのであった。
そのことについては幸いにもドレゴがケノフスキーと取引関係があったので、相当便宜を図れるかと思われた。そこで彼はケノフスキーへあてて、至急会いたき旨の電報をつづけさまに数通も打った。しかしどういうものか、ケノフスキーからの返電は一度も来なかった。水戸は、見苦しい焦燥の色も見せはしなかったが、彼は次第に無口の度を加えた。
その頃、新聞やラジオは、大西洋の特定水域の航行航空禁止を報道すると共に、アメリカ空軍が空中よりテレビジョン送影機の投下を行いつつあり、それは相当の効果をあげている旨を伝えた。それに続いて、そのテレビジョンが新聞写真とニュース映画とによって、世界の人々の目にうつるようになった。しかしそのテレビジョンをそのまま受信して公開することだけは禁止されていた。
今や大西洋海底に怪人集団が蟠居していることは世界の隅々まで知れ亙った。そしてそれに対抗する手段が活発に議論せられるに至った。小田原評定をつづけていた世界連合の臨時緊急会議も漸《ようや》く肚《はら》が決まったらしく、テレビジョン偵察の快挙を支持し、なおこれが更に積極的なる平和的解決に利用されるようにアメリカ当局に対して要請するところがあった。ところが世界連合としては、これまで一向適切な具体的な平和手段を採択することが出来ず、世界各地から非難を浴びつづけであったため、遂に思い切って、その具体案を広く全世界から募集する旨を発表した。すなわちその募集文の一節に、
“――この際最も必要とするところは、如何なる方法により、かの怪人たちとわれわれとが意志の疎通を図ることが出来るかという問題にある。この問題が解決しないかぎり、われわれが如何に平和的解決を望んでいたところで、その目的は達せられないのだ。有能なる世界の人士たちよ。至急知力を働かして、この問題について適切なるアイデアを本連盟へ提供せられんことを。われら地球人類の安危は、一にこの問題の解決如何に懸っているのである。云々”
というような文句があるのを見ても知られる。
この対怪人意志疎通法の募集は、世界始まって以来の莫大なる懸賞付で行われた。その一等には、地中海にある一孤島に広大豪華なる文化施設を施し、交通通信設備を完備し、向う百年に亙っての孤島経営生活費を提供し、その孤島は永世中立として他より侵犯せらるることなきを保証するというのであった。
このすばらしい懸賞は、世界中の人々をわくわくさせた。そしてその効果は大いにあって、世界連合の会議には毎日応募者の手紙が山のように積まれた。
だが、やっぱり探し求めている適切なる意志疎通法はどの手紙からも発見されなかった。あらゆる単語を一々美しい絵入りで説明したものをまず送っておけという説もあった。喜怒哀楽とか、平常よく繰返される行為を、トーキー映画におさめて送りつけてはという説
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