れており、これまで魚の缶詰や魚油の取引をしていることはドレゴも知っていたが、ゼムリヤ号事件に関係しているとは知らなかった。また事実、爆弾事件発生以来も彼は全然無関心な顔をしていたし野次馬連中が争ってヘルナー山頂へ急いだときも、彼はその仲間には加わらず、相変わらず屋根裏に近い彼の部屋にくすぶっていたことをドレゴは知っていた。そのケノフスキーが、エミリーの話から推察すると、いつの間にかゼ号事件の大立者となっているらしいのだ。どうしてそんなことになったのだろうか。
「ドレゴさん、あなたはこの事件を最初に全世界に向って報道した最高名誉を担《にな》っている方でしょう。水戸さんだってそうですわ。それでいながらなぜその名誉を持って、おしまいまで貫かないんでしょう、あんまり残念で私達、横で見ていられないわ」
一秒を争うといったエミリーがさかんにまくしたてる。
「すぐかけつけてケノフスキーと会見するんです。彼の説はうんと儲かるように買取ってやらねば駄目。これからすぐかけつければ間に合わないこともありませんわ、飛行機が滑走を始めれば、もうお仕舞いですよ」
「ありがとうエミリー」と、ドレゴは本気になって感謝した。
「それで彼はゼムリヤ号についてどういう地位にあるのかね」
「原子爆弾防衛委員の一人ですわよ。そしてアイスランド海域の監視人なのよ」
「なに、やっぱり原子爆弾か。これはたいへんだ。エミリー、すぐ外へ出ておくれ。僕は湯舟から出るからね」
ドレゴはエミリーを浴室から追い出すと、ゆで蛸《だこ》のように真ッ赤になった身体で立ち上り、タオルで拭うのもそこそこにして服を着かえると、エミリーを自家用車に乗せて駛《はし》り出した。向うところは飛行場だった。
飛行場の傍まで来ると、旅客機は既に砂煙をあげて滑走中だったので、ドレゴもエミリーも歯をぎりぎり噛み合わせて口惜しがった。
ところがドレゴの運が強かったわけか、旅客機は滑走路のはずれまで行っても離陸しないでぐるっと方向転換をし、元の出発点に引返してきた。
事故の原因は、サイド・パイプから油が少々ふきだしたことにあった。そのおかげで、ドレゴは単身機内へ乗込んで、ケノフスキーに面会することができた。かれは、短刀直入に用件を切出した。
ケノフスキーは赤い海象《せいうち》のような顔をゆがめて愕いたが、それでもドレゴの申出を諒解してここでは話もならぬからといって、飛行機を下りた。二人は、飛行場のまん中で、寒風に吹き曝《さら》されながら立ち話を始めた。
取引の契約が調《ととの》ったあとで、ケノフスキーは次のような要旨を含んだ話をドレゴに聞かせた。
「わしはヤクーツク造船所の一代理人だが、原子爆弾防衛委員でもなければ、アイスランド海域の監視人だなんて、それは嘘ですよ。しかしゼムリヤ号のことについては相当承知していますよ。あれは優秀砕氷船です。だがそれ以上の目的を持った試作船でさ。もうお察しでしょうが、あの船は、外部からの極めて大きな圧力に耐えるように、そして熱線を完全に防ぎ、それから放射性物質の浸透を或る程度食いとめるように設計されてある、つまり結局、原子爆弾の恐るべき破壊力[#「破壊力」は底本では「破壤力」、54−下段−23]にも耐えられるだけのことが考えられてあるんでさ。こういう船を作っちゃいかんというわけはないですからね。いや、それよりも全人類が原子爆弾の脅威に曝らされている今日、われわれ人類は生存の安全のため一日も早く、あの脅威を防ぎ留める工夫をしなければならぬことは当然のことです。その対策としては、われわれが全く地底に隠れるのも一方法だが、しかしそれでは移動性に欠け、所要の交通や貿易ができなくなるわけだ。それじゃ困るですからな」
「航空機に耐力を持たせることも、今のところ不可能です。あれはマッチ箱みたいなものですからね。結局船である。水の上にふんわりと浮かんでいる船なら、伸縮があっても大丈夫、吹き飛ばされようが広い海の上なら大したことはない。陸の上じゃそうはいかん。結局船がいいということになるが、わがヤクーツク造船所では、マルト大学造船科にその設計を依囑《いしょく》したところ従来の造船工学にはアイデアのなかった顕著に伸縮性のある船を考え出してくれたのです。そしてそれは試作船として一先《ひとま》ず成功をおさめたといえる。君も見て知っているでしょう。あの山頂に叩きつけられたゼムリヤ号が、ほとんど外形を損じていなかったことを!」
牝牛嬢の恋
ケノフスキーは、自分のいっていることに段々熱して来て、果てはドレゴの外套の襟を掴まんばかりの手つきで、
「ね、分るだろう。だからゼムリヤ号を世の中へ送ったわがヤクーツク造船所は、救世主の一人なんだ。ヤクーツク造船所はこの偉大なるゼ号型船をわが本国だけに独
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