いうちにそれを決行することとして計画を樹《た》ててみる。職員以外にも希望者があれば同行を許可するから、あとで僕のところへ申出で給え」
 博士はそういうと、パイプを口に咥《くわ》えて、この観測室を出ていった。
 後には喧噪《けんそう》が残った。思いがけないワーナー団長の冒険計画についての是々非々の討論が活発に展開していった。賛成者はもちろん少数だった。
「なによりもまず生命の危険率が頗る大きいことを考えなくてはね、仮りにかの怪奇なる怪力源問題がなかったとしても大西洋の海底を人間が潜水服でのこのこ歩くなんて前代未聞の冒険だよ」
「やっぱり歩一歩と地味な観測を続けるのがいいのではないか。それが一番の近道ではないだろうか」
「いや、団長は人類の幸福のため自分の尊い生命を犠牲にしておられるのだ。その崇高な決意に対し、われわれもまた団長と同一精神に燃え、世界人類の幸福のために大西洋の海底を歩くべきだ」
 この結論は容易に一つの穴に流れ込むことはなかった。その間に調査団船とその護衛艦隊は恐怖の異常地震帯を離れること五〇キロの海域に脱出を終わったところで、各艦船は舷と舷をよくつけ合って纜《ともづな》を締め、その夜を大警戒裡にそこで明かすこととなった。

  D十五号遺品

 その夜のうちに、大急行で潜水の準備がなされた。取揃えられた深海用の潜水服は二十着であった。しかし実際に使用せられるものは十一着で、残りは予備としてサンキス号内に留め置かれる。
 その外、海中標識灯や海中信号器に通信機、それから昇降機などの大きな機械類も手落ちなく点検され用意された。
 また海底調査隊員十一名が持って行く品物も集められた。それは諸々の観測器具を始めとし食糧、飲料、工具、通信器、照明灯などの外にダイナマイトと水中鏡も加えられ、これらがずらりと並べられたところは、仲々ものものしかった。
 海底調査隊員十一名の顔ぶれは、隊長ワーナー博士を始め、外《ほか》に、観測者が五名、護衛の士官が二名、それから三名の記者であった。ホーテンスは勿論のこと、ドレゴと水戸が加わることになっていた。
 記者三名を除く隊員八名は、ワーナー博士の部屋で海図を囲んで深更に至るも打合せを継続し、いつまで経っても誰も出て来なかった。
 サロンでは、三名の記者を中に、壮行を激励する酒宴が賑やかに展開していた。
「ぜひ僕のために、大西洋の海底土産というやつを持って帰ってもらいたいね」
 と鼻の頭を真赤に染めた酔払いの船員がホーテンスへねだった。
「海底土産だって。へえっ、一体何が欲しいのかね」
 ホーテンスもすっかり酩酊《めいてい》して、とろんとした眼をしていた。
「何でもいいよ、しかしなるべく豪華なところを願いたいもんだよ。金貨が一杯入っている袋とか、金剛石紅玉青玉がざらざら出てくる古風な箱だとか、そういうものなら僕は悪くないと思うね」
「それは誰だって悪くないよ。君の欲の深いのには呆《あき》れたもんだ」
「そんなら貴様も海底へ出張すればいいじゃないか」
 と、同僚がまぜかえした。
「いや、僕は駄目だ。船員というものは船を離れると駄目なんだ。あんな芋虫の化物のような潜水服を着て、のこのこ海底を歩くなんてぇことは、われわれ船員の柄じゃない」
「うまくいってるぜ。しかし僕たちがこれから下りて行く海底はそんなものは見付からないだろう。お目に懸れるのは、骸骨に、腐った鉄材、それに深海魚ぐらいのところだろうよ」
「いや、必ず持って来てやるよ、はははは」
 談笑が、煙草の煙とアルコールの強い匂いで飽和したサロンの空気をかきまわす。
 水戸もドレゴも、その渦巻の中に顔を見せていたが、給仕が入って来てドレゴに何か紙片を渡した。ドレゴはそれを受取ると、はっとした様子で立上るとサロンを出ていった。
 ドレゴが再びサロンへ戻って来たのは、それから三十分ほど後のことだった。水戸は逸早《いちはや》く彼を認めた。そして彼が非常に興奮していることも、同時に見て取った。
「どうしたんだ、ドレゴ」
 水戸は彼が元の席についたとき、低い声で訊《き》いた。
「うん……後で話すよ」
 ドレゴはそう応えて、苦しそうに顔を歪《ゆが》めた。水戸はそれ以外彼を追求しなかった。今この友人を更に苦しめてはならないと思ったからだ。
 宴が果てたのは、それから一時間後のことであった。時計は午後十一時を廻っていた。酩酊はしていたが、さすがにホーテンスはサロンを出るとすぐワーナー博士たちの打合せ会議が済んだかどうかを訊いた。会議は少し前に終わっていた。ホーテンスは、水戸とドレゴを呼んで博士の部屋を叩いた。
「ようやく準備は完了したよ」
 と博士は満足らしく微笑した。
「その後、事件について何か判明したことはありませんか」とのホーテンスの質問に対し、博士は「
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