水戸に相談をかけた。
「うむ、ジム・ホーテンスの説に傾聴するんだな」
 さっきから水戸は、巖陰《いわかげ》からオルタの町の方を見下ろしていたが、振り向いてドレゴの顔を見ながら、そういった。
「ジム・ホーテンスって、アメリカのCPの記者のことか。あの背の高いそして口から煙草を放したことのない……」
「そうだ、あの寡黙《かもく》な仙人のことだ。彼は見かけによらず、よく物を見通しているよ」
「水戸。君はホーテンスと話をしたんだな」
「うん。僕はどういうわけか、ホーテンスから話かけられてね、かなり深く本事件について意見を交換したんだが……」
「で、結論はどうだというんだ」
 ドレゴは、せきこんで聞いた。
「……ホーテンスは、さすがに烱眼《けいがん》で、いい狙いをつけているよ。彼は、燃えるソ連船ゼムリヤ号の焔の中に飛びこむ代りに、七つの海の中からその前日までのゼムリヤ号の消息を拾いあげようと努力している」
「あのゼムリヤ号はソ連船かい」
「そうだ」
「なるほど、僕はそういう大切なことを調べないでいたわけだ。そしてホーテンスは、ゼムリヤ号について目的を達したかね」
「残念ながら、今朝までのところはね」
 と水戸は応《こた》えた。それを聞いていたドレゴは、一段と顔の色を輝かすと水戸の手を取って引っ立てた。
「おい水戸、これからホーテンスに会おうじゃないか。君は僕を紹介するのだ」
 だが、水戸は首を左右にふった。
「ホーテンスは、今この山にいない」
「えっ、ここにいない。では何処にいる……」
「あそこだよ」
 水戸は下界を指した。それは彼らの古巣であるオルタの町だった。町は、ここから見ると、フライパンの上にそっくり載《の》りそうな程に小さく愛らしく見えた。
 まもなく焦《あせ》るドレゴを連れて、水戸はホーテンスの跡を追った。そしてかれは、ホーテンスとドレゴとを、自分の部屋に招待して、晩餐会《ばんさんかい》を催すことにした。
 彼は、マハン・サンノム老人の経営する素人下宿に住居しているのだった。
 サンノム老人は、神のように心の広い人で、元は船長であったそうだ。夫人も死に、子供は始めから無く、今は遠い親戚に当たるエミリーという働きざかりの婦人にこの家を切り盛りさせている。なお、この家には佐沼三平という中年の日本人がいて、手伝いの役を勤めていた。水戸がこの家へ下宿するようになったのも、この三平が薦《すす》めたものであって、どういうわけかサンノム老人を贔屓《ひいき》にしていた。
 この家における目下の下宿人は、水戸の外《ほか》に、音楽家の高田圭介と音羽子の夫妻があり、それからソ連の商人でケノフスキーという人物も滞在していた。
 水戸の計画した晩餐会は大成功であった。ドレゴが喜んだことは勿論のこと、ホーテンスもいつになくよく喋《しゃべ》った。三人の間には、盛んにコップの触れ合う儀礼が交換され、空《から》になった酒壜は殖えていった。ホーテンスはこの土地の名産であるところの一種の鱒《ます》の燻製《くんせい》をたいへんに褒めて食べた。
 すっかりいい気持ちになったところで、話題は例の巨船ゼムリヤ号の発狂事件に入っていた。
 水戸は、ドレゴがホーテンスが調査したことの詳細を知りたがっていると述べると、ホーテンスは、
「よろしい、ではこの好ましき仲間のためにもう一度それを述べよう、今日握った新しい事実も加えて……」
 といって気軽に語り出した。

  新鋭砕氷船

「水戸君には話しておいたことだが、あの怪汽船ゼムリヤ号はソ連船なんだ」
 と、ホーテンスは語り出してドレゴの顔を見た。ドレゴは血色のいい顔で肯いて、それは聞いて知っていると応えた。
「ほう、知っているんだね。よろしい、ではそれから先の資料だ。水戸君も愕くことがある筈だ、なぜといってこのゼムリヤ号は、調べれば調べるほど、なかなか興味ぶかい船だからね」
 水戸が酒壜を持ってホーテンスの盃に琥珀色《こはくいろ》の液体を注ぎそえた。
「有難う。まず君達を喜ばせるだろうと思うことは、あのゼムリヤ号は最新鋭の砕氷船《さいひょうせん》だということだ」
「砕氷船! そうか、砕氷船か」
 聞き手の両人は、目を瞠《みは》った。
「それも並々ならぬ[#「ならぬ」は底本では「ならね」、21−下段−17]新機軸を持った砕氷船なんだ。この船は、外部から氷に押されるとだんだん縮むのだ。船の幅で六十パアセントに圧縮されても沈みも壊れもしないで平気でいられるという凄い耐圧力を持った砕氷船なんだ。こんな新機構の船が今までに考えられたことを聞かないね」
「ふうん、凄い耐圧力だ。それだけの圧縮に平気なら、氷原でも何でもどんどん乗り切って行くだろう」
 と、ドレゴは羨《うらやま》しそうな顔をする。
「で、そういう事実を、君はどこで発見したの
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