。そして月世界あたりへ行ってしまう」
「それはお伽噺だ。今、月世界まで行きつくロケット機なんてあるかよ。不可能だ。それにたとえ月世界に行きついたとしても、向うには空気は全然無いぜ、だから腹ぺこになるよりは、空気に飢えて呼吸《いき》の根が停ってしまうよ。だめだめ、そんなことは……」
「いや、アルプスへ籠るよりは冒険的で近代的で――やあ、部長。どこへ行っていたんですか、さっきから探していましたよ」
「遂に、テームズ河口に繋留してある浮標《ブイ》Dの十一号までは、つきとめたよ」
「テームズ河口の浮標Dの十一号とは一体何ですか」
「それはね、第二報の入りこんだ道筋なんだ」
「第二報の入りこんだ道筋?」
「そうだ。第二報はいきなりWGY局から放送された。WGY局は第二報をどこから手に入れたか。それを調べてみたんだ。さきの第一報は無電で入った。ところがこんどの第二報は無電ではなかったんだ。それは有線電信で入ったことが分った。どこからその電信がうたれたか。WGY局でそれを見せて貰ったがね、ニューヨーク中央電信局扱いになっている。発信局はロンドンなんだ。海底電信で来たんだね。近頃めずらしい古風なやり方だ」
「ふうん」と一人の記者が呻《うな》った。
「たしかにそこに一つの性格が認められるね、この発信者のだ……。そこでロンドン局を呼出して、追及してみたよ。するとその電信を受付けた局員が出て来たが、結局それはテームズ河口の浮標Dの十一号から依頼されたものだという……」
「浮標が電信を依頼するということがあるだろうか」
「浮標そのものが依頼したわけじゃない。その浮標に繋留していた船から依頼されたわけだ。その浮標とロンドン局とは、やはり電纜《ケーブル》で連結されているんだ。ところでDの十一号までは、つきとめたが、残念なことに、その浮標に当時繋留していた船の名が分らない。そこでこの調査も一応終りさ」
「ふうん。その浮標に繋留した船がありながらその船名が分らないというのはおかしいね。必ず分らなければならない筈だ」
「ところが、港湾局にも記載がないのだ。つまりその日D十一号浮標に繋留した船はないと言明している」
「それはいよいよおかしい。ちゃんと電信依頼がロンドン局へ届いている。そんなら繋留船が存在しなければならない」
「そこに何か曰くがありとしなければならないだろうな。……とにかくさ、要するにロンドン港がくさい。これからロンドンへ網をかぶせるべきだ。誰か四五名、ロンドンへ行って貰おう。特別に社機を出して貰うよう、局長には話をして来たぜ」
「よし、僕が行こう」
「僕も行く。ワーナー博士一行の生残者か、それとも遺骸かもしれないが、とにかくそれがロンドン内に隠されていることは間違いなしだ」
「うん。成功を祈る。君たちの……」
こんなことから、ロンドンに俄《にわか》にスポット・ライトが向けられた。
約束の手紙
話はアイスランド島のオルタの町へ飛ぶ。
今やエミリーは悲しみのどん底にあって、涙と共に日を送っていた。大西洋海底におけるワーナー博士一行の遭難事件、それによって明らかにされた戦慄すべき怪人集団の暴行。彼女の愛人水戸の安否は今のところまだ確められていないが、四囲の情勢から憶測すると、まず彼水戸の運命は芳しからぬ方向を指しているとしか思われない。
ドレゴ記者は、エミリーを毎日のように慰問に来るが、来るたびにエミリーに泣《な》き縋《すが》られてほとほと閉口の形だった。といってエミリーの片恋を知った以上、そのままに放っておけない。彼は進まぬ足を引摺るようにして、エミリーを慰めに現われるのだった。
そのドレゴが、或る日いつもよりは明るい顔で、エミリーの許を訪れた。エミリーはサンノム老人の下宿の勝手許から、白いエプロンで手を拭きながら出て来た。早くも彼女の手には、ピンク色の絹のハンカチーフが丸まって握りこまれていた。
「やあ、エミリー。今日は珍しい人から手紙が来たよ」
「あら、うれしい。水戸さんから……」
「何でも皆、水戸の話だと思っちまうんだね。違うよ。水戸から手紙が来たんだったら、すぐ電話をかけるよ」
「まあ、つまんない。じゃあ誰から」
「ケノフスキーからだ。モスクワから出した手紙なんだ。これは僕が、約束しておいた手紙なんだ」
「……」
「ほら、これだがね。これを読むと、また面白いことになって来たよ」とドレゴは封筒から出した用箋をひろげながら「こういうことが書いてある。読んでみるよ。――“ゼムリヤ号事件は、まことに不幸な出来事ではあったが、一面から考えると、それはわれらのために全然マイナスではなかった。何故ならばゼムリヤ号がああいう事件に遭わなかったとしたら、わがヤクーツク造船所の技術が如何に優秀なものであるかを、世界の人々はまだ了解する機会を持た
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