のはそれから二十分後のことだった。甲板の連絡班長のいうところによれば、ワーナー博士外三名は、早くも海底に着き、ロープから離れて海底歩行を始めたそうである。水深百二十メートル、果たして博士一行は如何なるものを、暗黒の大海底において発見するであろうか。
花束の待人
この事件が起こって以来ずっと一緒に手をとって来た親友水戸記者を大西洋に置去り、自分ひとりアイスランドへ帰っていくドレゴの気持ちは、さすがに晴れなかった。
彼は北へ走りだした快速貨物船の甲板に立って、小さくなり行くワーナー調査隊の船団の姿を永いこと見送っていた。やがてその船団は水平線の彼方に没し、檣《マスト》だけがしばらく見えていたが、遂にそれも波間に見えなくなった[#「見えなくなった」は底本では「見えずなった」、48−下段−9]。ドレゴは溜息と共に甲板を去り、サロンに入って酒を注文した。
それから彼は呑みつづけた。昼も夜もアルコールの漬物みたいになって、ひとりでわけのわからぬことを口走っていた。彼は水戸をどうしてあそこへ置去りにしたのか、それについて良心が咎《とが》めて仕方がなかった。そして、親友水戸の上に何か恐ろしい魔物の爪がのびかかっているように思えてならなかった。彼はその不吉な幻影を追払おうとして益々盃の度を重ねていった。
さすがに酒に強い彼も、その日の深更に至って遂に倒れ、ボーイたちによって船室へかつぎこまれた。泥のような熟睡に、彼は一切を知らないで約半日を過ごした。
彼が目を覚まして、甲板へ出て来たのは、翌日の正午に近かった。
海の色も空の模様も、もうすっかり様子が変わり、西北の季節風が氷のような冷たさを含んで船橋のあたりから吹き下ろしてくるのだった。彼はぶるぶると慄《ふる》えて、上衣の襟を立てた。
昼食のとき、彼は船長の卓子《テーブル》に席を用意されたので、我意を得たという顔をした。
「船長。昨日以来、ワーナー調査団から何か新しい情報は入らなかったですかね」
早速彼は、気にかかっていたことの質問を出した。
「詳しい情報は何も入らないですよ」
と船長はちらりとドレゴの顔へ視線を走らせて応えた。
「すると、昨日から始めた海底調査の結果なんか、何もいって来ませんかね」
「ええ、たいして詳しいことも」
「あれはうまく行っているんでしょうか」
「さあ……」船長は、ちょっと苦しそうな
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