」といって彼女は頭をふりながら、「あたし、死骸を一目みてびっくりしたものですから、そのままそこをはなれてしまったんですの。誰の死骸だか、そんなこと、わかりませんわ」
「ふーん」と僕は探偵きどりで呻った。そして本気でもって、これまで愛読したシャーロック・ホームズ探偵の活躍する小説の一つ一つを思いだして、その中からこの場の参考になるものはないかと首をひねった。
やがて僕は、サチ子をひきよせて訊いた。
「あのね、誰かちかごろ行方不明になった者はありませんか」
「行方不明になったものですか。さあ、そういうものは――」
とまで彼女はいったが、何に愕いたかそこで急にサチ子は、あっと叫んで、両眼を皿のようにひろげた。
「どうしました。サチ子さん。わかったら、いってください」
「ああ、どうしましょう」と、彼女は僕の胸にとりすがって喚《わめ》く。「マリアです、マリアが今日はどこへいったか姿を見せません。ああマリア。あの娘《こ》の死骸だったんです」
「マリアって、誰です」
「先生とあたしの身のまわりを世話している下婢の土人娘です。ああどうしましょう。あんな温和《おとな》しいいい娘《こ》が殺されるなんて
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