て、一体、かの男は奥様とどういうご関係の人物であるか、それについてお話し願いたいのですが……」
 探偵は、機会が到来したと思って、始めから知りたかった問題にとりついた。が、その結果は香《かんば》しくなかった。
「今までに何の関係もなかった男なんでございますの。これまで全然見たこともなかった人でございますの。あんな醜い歪《ゆが》んだ顔の人を、これまでに一度でも見たことがあれば、忘れるようなことはございませんもの。それなのに、あたくしは今、あの化物みたいな男にしょっちゅうつけ狙われているんでございます。ああ、いやだ。おそろしい。気が変になりそう……」
「そういう次第なら、警察へ訴えて、かの男に説諭《せつゆ》して貰うという方法が、この際もっとも常識的かと思われますが」
「ああ、何を仰有《おっしゃ》います。警察があたくしたちのために何程のことをしてくれるものでございましょうか。ただ、徒《いたず》らにかきまわし、あたくしたちをいらいらさせ、そして世間へいっとき曝《さら》しものにするだけのことで、あたくしの求めることは何一つとして得られないのです。ごめんですわ。あたくしは直線的に効果ある方法を採るのです。それが賢明ですから。あなたさまは、事件の秘密性をよく護って下さる方であり、ほんのちょっぴりしかお尋ねにならないし、そして思い切った方法で解決を短期間に縮めて下さる、その上に常に事件依頼者の絶対の味方となって下さる方だと世間では評判していますので、それで依頼に参ったわけですわ。この世間の評判は、どこか間違っているところがございまして」
「過分のお言葉でございます。とにかく早速ご依頼の仕事にとりかかることといたしまして、只一つお伺いいたしますことは、甚だ失礼でございますが、御つれあい様とのご情合はご円満でございましょうか」
 女客は嘲笑の色を浮べたが、それは反射的のものらしく、すぐさまその色は消えた。
「はあ、至極《しごく》円満……つれあいはあたくしを非常に愛し、そして非常に大切にしてくれて居ります」
「あなたさまの方は如何《いかが》です、おつれあい様に対しまして……」
 帆村は一つの機微にも神経質になることがあった。
「それは……」と女客は明らかに口籠《くちごも》ったがしかしおっかぶせるように「それはあたくしの方も、つれあいを愛しています。それはたしかでございます」
 帆村は、ある瞬間、硬くなったように見えた。しかし彼はすぐ次の問で追いかけた。
「おつれあい様とご一緒におなりになりましたのは何年前でございましたか」
 帆村は、客が案外短い年月をのべるだろうと予期した。
「三ヶ月前でございました」
 ほう、それは予期以上に短い。この二十四五歳になる婦人としては、つれあいを持つには遅すぎる。しかもあの通り麗《うる》わしい女人なのに。
「失礼ながら、たいへん遅く御家庭を作られたものですな。その前に、別の方とご一緒であったことはございませんでしたか」
 女客は明らかに憤《いきどお》りの色を見せ、つんと顔を立てた。
「あたくしのつれあいは碇曳治《いかりえいじ》でございます。桝形《ますがた》探険隊の一員でございますわ。そう申せばお分りでもございましょうが、桝形探険隊は今から六年前の昭和四十六年夏に火星探険に出発しまして、地球を放れていますこと五年あまり、今年の秋に地球へ戻ってまいりました。これだけ申上げれば、あたくしがこんど始めて家庭を持ったことを信じていただけると存じますが、いかがでございましょう。実際あたくしは、あの人と知り合ってから六年間という永い間を孤独のうちに待たされたのでございます」
「イカリ・エイジと仰有いましたね」
 探偵の質問は、燃えあがる女客に注いだ一杯の水であった。だが帆村としては、そんなつもりでしたことではない。桝形探険隊については興味があって、普通人以上の知識を持っていたのであるが、碇曳治なる隊員のあることを知らなかったので、それを尋ねたわけだ。
「ええ、碇曳治ですわ。宇宙の英雄ですわ。あたくしのつれあいは、ロケット流星号が重力平衡圏《ニュウトラル・ゾーン》で危険に瀕《ひん》したとき、進んで艇外へとび出し、すごい作業をやってのけたんでございますのよ。その結果、流星号はやっと危険を脱れて平衡圏を離脱し、この大探険を成功させる基《もと》を作りましたのです」
「なるほど、なるほど。……それでは数日間の余裕を頂きまして、この事件の解決にあたりますでございます。もちろん解決が早ければ、数日後といわず、直ちに御報告に伺います。では、私の方で御尋ねすることは全て終りましてございます。そちらさまからお尋ねがございませんければ、これにて失礼させて頂きとうございます」
「それではここに手つけの小切手と、あたくしの住所氏名を。しかしこの件については
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