ちをした。かれの顔は、驚愕《きょうがく》にひきつっていた。
「行ってみましょう! 何事が――」
「待て、ムサシ君。もう遅いのだ」
 帆村の声は平常に戻っていた。
「なにが遅いというのです」
「射殺されたのだよ。あの男が……」
「あの男とは?」
「碇曳治が射殺されたんだ」帆村はそれから木田の肩へ手をおいた。「木田さん。あなたが恨みをいいたかった人は、一足違いで、死骸になってしまったらしいですよ。あなたは不満かも知れないが、約束ごとと思って諦めて下さい」
 木田は奇声をあげて、身体をがたがた慄わせている。老探偵は、木田をなだめながら彼を抱えるようにして、アパートへ入っていった。
 帆村の推察は当っていた。
 裏口のところに、碇は全身|朱《あけ》にそまって死んでいた。軽機《けいき》を抱えた特別警察隊員が集合していた。その隊長は、帆村と面識のある江川警部だった。
「ああ、帆村さん、殺してしまいましたよ。反抗したものですからね」
 警部の話によると、交川博士殺しの嫌疑で碇曳治を要急逮捕に向ったところ、彼はいきなりピストルを二挺とりだして反抗をしたので、それから双方の撃ち合いとなり、遂にここで彼を撃ち倒したのだという。
「夫人はどうしました」
 と、帆村は尋ねた。
「夫人は見えないのです。それから手廻り品なども見えないし、衣類戸棚も空っぽ同様なんです。夫人はどこかへ行っているらしいですね」
「おお、そうですか」
 帆村は、ほっと小さい吐息《といき》をもらした。それから、甥に護られて暗がりの中にしょんぼり立っている木田のところへ行き、
「木田さん。もうこれ位でいいでしょう。さ、もう引揚げようではありませんか。そしてあなたはおさしつかえなくば、私たちと一緒にぜひ私の家へ寄って下さいませんか。今夜はあなたをお客さまにしたいのです」


   意外な再生


 蜂葉は、それから数日経って、久しぶりに伯父とゆっくりと語る機会を迎えた。彼は待ちかねていた木田と碇の事件の結末を知りたいと伯父にいった。
「碇も木田氏も共に船員仲間だったんだね。桝形探険隊の出航の話を聞くと、二人で謀議して密航を企てた。そして三日目に見つかってしまった。君も知っているとおり、隊では検討の結果、あと一人だけ収容できるが、もう一人はだめと分った。そこで二人のどっちが残るかを抽籤で決めた。すると碇が勝籤《かちくじ》を引いた。木田氏は負けたのさ。そして法規により木田は密航者として艇外へ追放されることになったが、彼を迎えるものは死であった。なぜといって地球を出発してから三日も経っているんだから、落下傘を身につけたところで、とても生きて地上には降りられないわけさ。
 木田の処理は交川博士に命じられた。博士は流星号の機械関係の最高権威なのだ。博士は木田を落下傘で下ろすかわりに、別の方法を取ろうと考えた。それは博士がかねて研究した人体を電気の微粒子に分解して電送することだ。これは百パアセント成功するとは保証されていなかったが、落下傘を背負って暗黒の天空へ捨てられるよりは、余程《よほど》生還の可能性が大きかった。このことは博士から木田に対して密談的に相談せられ、木田は同意した。そしてそれはその夜午後十一時から始められることになり木田と博士は、艇内の人々から完全に離れて博士の機械室にとじ籠った。
 そのうちに木田が変になりだした。彼は碇と共にさっき運命の抽籤をしたが、それはトランプでやったんだが、このときになって木田は、碇が前にトランプ詐術の名手であったことを思出したんだ。そこで今日の抽籤も、碇が手練の詐術によって勝札をつかんだものと思ったんだ。そこで碇を呪い、抽籤のやり直しを博士に訴えたんだが、これはもうどうにもならぬことだった。果して碇が詐術を使ったかどうか、証拠がないのだから、それに処置命令はもう出ている。博士は彼をなだめて、遂に仕事にかかった。博士は相手局としてかねて連絡のついている23XSY無電局を呼び出し、木田の身体を電気的に分解してその局あて電送したのだ。この作業がすんだのが午後十一時五十五分で、五十分かかったわけだ。序《ついで》だからいうが、私はこれを『通信部報告書』で読んだが、そのときにこれが一つの手懸りであるのに気がついた。なぜといって、もしも木田に落下傘をつけさせて艇外へ放出するのなら、こんなに五十分間もかかるはずはない。だからこんなに手間取ったのは、それではない処理がとられたのに違いない。一体それは何だろうという疑いになり、それから報告書の欄外にある博士の鉛筆書きの文字に注意を向けたのだった。
 23XSYという記号は、すぐ無電局名だと分った。“いかさまだ”というのはよく分らなかったが、これはこんど木田氏から親しく話を聞くことが出来た。「要警戒勝者」という文字からは、気
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