することが必要だった。つまり戸山君などの五少年のために、にせの谷博士であることを見やぶられてしまった今日《こんにち》、あいかわらず博士が柿ガ岡病院にいたのでは、X号は三角岳研究所で大きな顔をして、もうけ仕事をつづけていられない。
だから、彼は谷博士をさらって、博士の行方を、わからないようにしてしまったのだ。それが第一段だった。さらった博士は、彼が肩にかついで、三角岳研究所へ連れこんだ。そしてこの研究所の一番下の地階《ちかい》へおしこめてしまった。この地階は、かねて谷博士が、だれにもじゃまをされないように、秘密に作ったもので、実験室も特別にこしらえてあり、居間や寝室《しんしつ》や料理をつくるところや、浴室《よくしつ》なんかも、ちゃんとできていて、この最地階だけでも、不自由なく実験をしたり起きふしができるようになっていた。しかもこの最地階へおりる入口は、極秘《ごくひ》中の極秘になっていて、博士以外の者には分からないはずだった。
それは、その一階上にある図書室の奥の外国の学術雑誌の合本を入れてある本棚を、開き戸をあけるように前へ引くと、その本棚のうしろは壁をくりぬいてあって、そこには地階へおりる階段が見える、これが秘密通路《ひみつつうろ》だった。
谷博士だけしか知らないこの秘密通路をX号はちゃんと知っていた。なにしろX号はなかなかするどい観察力を持っていたから、いつのまにか、この秘密通路や、その下にある秘密の部屋部屋を見つけてしまったのであろう。
X号は博士の世話を、ほかの者にはさせず、みんな自分がした。
博士は、病院から連れだされるとまもなく、この誘拐者《ゆうかいしゃ》がX号であることを知って、おどろいた。
博士は、それ以来、X号にさからわないようにつとめた。また、なるべく口をきかないことにきめた。X号は博士がこしらえたものであるから、博士はX号の性格についてよく知っていた。智力《ちりょく》の点ではX号は人間以上である。いわゆる「超人《ちょうじん》」だった。そのかわり、人間らしい愛とか人情にはかけていた。それがおそろしいのである。博士は、X号のために、これからどんな目にあわされるかと、大危険を感じているのだった。
目の不自由な博士のことであるから、こうしてX号と同居していて、自分の身をまもることに大骨《おおぼね》が折れた。だが忍耐《にんたい》づよい博士は、そのあいだにも、X号が何を考え、何を計画しているか、それを知ろうとして、目が見えないながらも、しょっちゅう気をくばっていた。
博士は、ある日、この研究所の建物の中で急にさわがしい声がし、多くの足音が入りみだれ、階段をかけあがったり、器物が大きな音をたてて、こわれたりするのを耳にした。
そのときは、博士のそばにX号がいなかったが、やがてX号は、ぜいぜい息を切って博士のそばへもどってきた。
「ああ、苦しい。せっかく死刑囚のからだを手に入れてこうして使っているが、このからだは悪い病気にかかっていて、心臓も悪いし、腎臓《じんぞう》もいけないし、いろいろ悪いところだらけだ。これじゃあ思うように活動ができやしない。ああ、苦しい」
X号は腹を立てて、寝椅子《ねいす》の上にころがり、ふうふうぶつぶついうのだった。
博士は、隅《すみ》っこの破れ椅子に腰をうずめ、息をひそめて、X号のつぶやきに聞き耳をたてている。
「きっとやって来るだろうと思ったが、やっぱりやって来やがった」と、X号はひとりごとをつづける。「このあいだのちんぴら少年どもが、警察に知らしたのにちがいない。あの少年どもはうるさいやつらだ、早くかたづけてしまいたい。おれをにせものだといっぺんで見やぶりやがった」
X号はぷりぷり怒っている。
遠くで、自動車のエンジンをかける音がした。つづいて警笛《けいてき》がしきりに鳴る。
「ははあ、とうとう警察のやつらは、捜査をあきらめて引きあげていくな。ばかな連中だ。ここに最地階があるとは知らないで、引きあげていくぞ、もっとも、やつらも手こずったことだろう。ようやく研究所の中へおし入ってみると、いるのは金属で作った機械人間《ロボット》ばかりで、ふつうの人間はひとりもいない。何をきいても、『私は知りません』の返事ばかり。ははは、困ったろう」
三角岳の研究所に谷博士と名のる、にせ者がいて、怪《あや》しい工場をつくっていることを、五人の少年たちが東京の検察庁へ知らせたので、警官隊がここへ乗りこんできたわけである。ところが、中にはたくさんの機械人間ががんばっていて、警官隊を中に入れまいとした。そこで衝突が起こった。
だが引きさがるような警官隊ではない。ついに、すきを見つけて、そこからはいってきたのだ。それから家《や》さがしをして、この建物のあらゆるところを調べてまわった。ところが、
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