ちいりがはげしくないところをうまく利用したのだ。死刑は毎日あるわけではない。一年に何回しかないのである。犯人は、そこに目をつけたものと思われる。また、地下道にはやわらかい土がむきだしになっていたので、犯人の足あとは、たくさん残っているものと思われたが、調べた結果は、一つも発見することができなかった。犯人は、そこを引きあげるとき、うしろ向きになって、完全に足あとを消していったのだ。
こういうわけで、犯人は何一つ目ぼしい証拠を残していなかった。何も証拠を残していかないということが、犯人の素性《すじょう》を推理するただ一つの手がかりだと思えた。
いやもう一つ、推理のタネがある。それは火辻の死体を盗んでいったのはなぜかという疑問だ。火辻の遺族の者であろうか。それとも、遺族ではなく、あの火辻の死体が入用であるために盗んだのか。
このことは、すぐには結論をきめるわけにいかなかった。死刑囚火辻軍平の身のまわりをひろく調べあげたうえでなくては分からないことであった。係官は、もちろんこの仕事をその日からはじめた。だがこれは、日数のかかる大仕事であった。
そこで、今のところ、この犯罪事件についてすぐ手をくだす必要がある捜査は、火辻の死体を探しだすこと、犯人らしい怪しい者を見つけることだった。
ところが、紛失した火辻の死体は、どこへ持っていったのか、いつまでたっても発見されなかった。また、手とか足とか、その死体の一部分さえ、どこからも見いだすことができなかったのである。
「どうしているかなあ、このごろの警察は……。迷宮入《めいきゅうい》り事件ばかりじゃないか」
町では、警察の無能《むのう》を非難《ひなん》する声が、日ましにふえて来た。
戸山君たち五少年も残念がって、土曜日や日曜日になると、警視庁へ様子を聞きにいった。少年たちは、ダムこわしの機械人間の行方を早くつきとめて取りおさえないと、これから先、たいへんな事件が起こるであろうと心配しているのだった。しかし五少年は、火辻の死体紛失事件の方の重要性には、まだ気がついていないようであった。
だが、やがてそのことについて五少年がびっくりさせられる日が近づきつつあるのであった。
帰ってきた博士
死刑囚の死体紛失事件があってから、二カ月ばかりたった後のことである。
三角岳附近《さんかくだけふきん》は、急に秋もふかくなった。附近の山々は、早くも衣がえにうつり、今までの緑一色の着物を、明かるい黄ばんだ色や目のさめるような赤い色でいろどった美しい模様のものに変えはじめた。
そのころのある日。
とつぜん谷博士が、この研究所へ戻って来た。
もちろんこの三角岳の研究所は、すぐる日の大爆発でなかば崩壊《ほうかい》し、それにつづいて怪《あや》しい機械人間のさわぎでもって、この研究所はいよいよ気味のわるい危険なものあつかいされ、村人たちもだれ一人ここには近づかず、雨風にさらされ、荒れるにまかされていたのであった。
ただ、この方面の登山者たちの目に、谷研究所の半崩壊の塔《とう》が、怪しくうつらないではすまなかった。
「あのすごい塔は、どうしたんだね」
「へえ、あれは谷博士さまの研究所でございましたがね。なんでも雷《かみなり》さまを塔の上へ呼ぶちゅう無茶《むちゃ》な実験をなさっているうちに、ほんとに雷さまががらがらぴしゃんと落ちて、天にとどくような火柱《ひばしら》が立ちましたでな、それをまあ、ようやく消しとめて、あれだけ塔の形が残ったでがす。博士さまの方は、目が見えなくなって、それから後はどうなったことやら。おっ死んでしまったといううわさもあるが、いやはやとんでもねえことで、そもそも雷さまなんかにかかりあうのが、まちがいのもとでがす」
山の案内人は、こんなふうに説明するのであった。
「それはすごい話だ。時間があれば、ちょっとよって見物したいが、あいにく行く余裕がない。せめてあのすごい塔を、カメラへおさめていこう」
と、写真機を塔へ向ける。
「よし、君が写真をとるあいだ、ぼくは、双眼鏡《そうがんきょう》でちょっくら見物しよう」
一人は八倍の双眼鏡を目にあてて、塔に焦点《しょうてん》をあわせる。
「ほほう、双眼鏡で見ると、いよいよすごい塔だ。……おや、あの塔にだれかいるね。人間がひとり、塔の中を歩いているよ」
双眼鏡の男が、そういう。すると案内人がぴくんと肩をふるわせた。
「だんな、ほんとうですかい。ほんとに人間があの塔の中にいますか」
「いるとも。ちゃんと見える」
「はて、何者かしらん。このあたりの衆《しゅう》はだれひとり近づかないはず。だんな、その人はどんな姿をしていますか」
「ちゃんと服を着ているよ。頭のところに白い布で鉢巻《はちま》きをしている。鉢巻きではなくて繃帯《ほうたい
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