が、古ぼけた銀紙製《ぎんがみせい》の蓮《はす》の造花を照らしていた。線香立《せんこうたて》や焼香台《しょうこうだい》もあった。
火辻軍平のなきがらのはいった棺桶は、この前にはこびこまれ、北向きに安置《あんち》された。それから太い線香に火が点ぜられ、教誨師が焼香し、鉦《かね》をたたき、読経《どきょう》した。この儀式はまもなく終り、一同はこの阿弥陀堂から退出した。
あとは阿弥陀さまと棺桶ばかりとなった。夜はいたくふけ、あたりはいよいよしずかになり、ただ一つの生命があるかのように燃えていた線香も、ついに最後の白い煙をゆうゆうと立てると、灰がぽとりとくずれ、消えてしまった。こうして堂の中は死の世界と化した……。
めりめりッ。とつぜん仏壇の横手の鉄格子《てつごうし》が、外からむしりとられた。太いまっ黒な手が、外から窓へさしいれられた。人間の腕ではない。くろがねの巨手《きょしゅ》だ。
と思うまもなく、醤油樽《しょうゆだる》ほどある機械人間《ロボット》の首がぬっと窓からはいって来た。そしてするすると阿弥陀堂の中へとびこんだ。ああ、あいつだ。例の、怪しい機械人間だ。ダムを破壊した恐ろしい機械人間だった。
なぜあいつは、とつぜんこんなところへ姿をあらわしたのか。
怪物は、電灯を消し、室内をまっ暗にした。その暗がりの中に、めりめりと、板のはがれる音がした。それにつづいて、なんだか知らないが、かちゃかちゃと、金具《かなぐ》のふれあう音がした。ときには、ぱっと火花が一瞬間、室内を明かるくすることがあった。そのとき、ほんの一目であったが、室内のありさまが見られた。
それは異様な光景だった。かの機械人間が、仏壇の方へ前かがみになって、何かしているのだった。壇の上には青白い人間のようなものが横たわっていた。棺桶は片隅《かたすみ》によせられ、蓋《ふた》があいているようであった。それから小一時間のちのこと、ぱっと電灯がついた。ゆれる電灯の灯影《ほかげ》にうつったものは、世にも奇妙な光景だった。
頭部に、まっ白な繃帯《ほうたい》をぐるぐる巻つけた人間と、黒光りの巨大な機械人間とがからみあっていた。そして両者は、例の破られた窓のところへ近づいたと思うと身軽《みがる》にそれにとびつき、すばやく外へ出てしまったのであった。あとに残るは、あらされたる仏壇と、死体のなくなって空っぽになった棺桶だけであった。火辻軍平の死体は、どこにあるのだろう。まことに奇々怪々《ききかいかい》なる事件!
犯人は何者か
火辻の死体が紛失《ふんしつ》したことは、その夜のうちに知れわたり、さっそくこの怪事件の捜査《そうさ》がはじまったが、その解決はなかなか困難だった。
読者諸君は、この犯人なるものの正体を、だいたい察しておられる。しかし当局にはそれがなかなか分からなかった。
分かっていることは、犯人が大力《だいりき》であることだ。そうでなくては、あの丈夫《じょうぶ》な鉄格子のはいった窓をやぶることはできない。
そのほかに何もはっきりした証拠《しょうこ》はない。犯人の足あとを見つけようと思って、ずいぶん探したのであるけれど、それは発見されなかった。もっとも刑務所内は、どこもかしこも舗装《ほそう》されていて、足あとがつかないようにできていたし、塀の外もまた舗装の道路だから、足あとはのこらなかった。
事務所の高い監視塔《かんしとう》にいつも見張りをしていて、脱獄者《だつごくしゃ》があれば、すぐ見つけるようになっている監視員がいる。この監視員も犯人らしいものが、この事務所から脱出していくところを見かけなかった。
監視員の目にふれないで、脱獄することはできない仕事だ。だから犯人はどうして出てしまったのか。あるいはまだ所内にかくれているのではないかと、念入りの捜査が行われた。
その結果、やっと分かったことは、絞首台の下に、死刑囚の死体がおりてくを地下室があるが、その地下室の板壁《いたかべ》の一部がぶらぶらしており、怪しく思ってその板壁のうしろをのぞいてみたところ、そこは、がらんどうになっていた。つまり狭《せま》い地下道みたいなものがあったのだ。それがどこへつづいているのかと、奥へすすんでいくと、やがて地上へ出た。まっくらな場所であるが、たしかに家の中だ。はいあがってよく見れば、なんのこと、それは農家《のうか》の物置《ものおき》だった。その農家の物置は、刑務所から道路をへだてた場所に建っていた。
この抜け道から、犯人は事務所へ出はいりしたことが分かった。
だが、農家でも、こんな抜け道がいつ掘られたのか、だれも知らなかった。それはほんとうと思われた。とにかく犯人がうまくこの抜け道を掘ったのであろう。
犯人は、頭のいいやつにちがいない。事務所の内部で、あまり人の立
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