う。
「この三角岳メトロポリスには、われわれ木のほかに、昆虫《こんちゅう》、鳥、小さい獣《けもの》、石などにも、人間と同じように考えたり、お話をうけたまわったり、ご返事できる者が、たくさんいるのですよ」
「ふしぎだ。それはいったい何のためです」
「生化学の研究が、生命と思考力《しこうりょく》を持った電臓を作りあげることに成功したのです。これによって、あらゆる物品は、生命と思考力を持つことができるのです。谷博士のすばらしい研究です。こうして種あかしをしてしまえば、ふしぎでもなんでもありませんでしょう。ねえ、学生さん」
「ありがとう。では、お別かれします」
 大学生は立ち木に礼をいって、いそいでそこを立ちさった。こんなおそろしい目に出あったのは始めてである。二人は、三角岳研究所の見えるところまで来たけれども、研究所の建物の奇妙《きみょう》な形を見ると、おそろしさが急にこみあげて来て、そっちへ廻って行くのはやめにした。二人は、どんどん山をおりていった。


   地獄《じごく》の光景《こうけい》


 谷博士の評判は、一時大したものだった。それはこの三角岳村が、最新文化都市に生まれかわり、村人の生活が非常によくなったころのことである。
 ところが、その後になって、博士の評判は少しわるい方へ引きかえした。
 それは博士の作るものが、あまり奇抜《きばつ》すぎたためであった。村人にとって、ものをいう木や、いいつけた用事をしてくれる甲虫《かぶとむし》や、知らないうちに告げ口をする雀《すずめ》や、歌をうたうのが上手《じょうず》な柱などは、はじめのうちこそふしぎふしぎと手をうって、ほめたたえたけれども、それから時がたつと、そういうものには、どうしても親しめなかった。いや、親しめないばかりか、気味がわるくてならない。村人たちは、うっかりしたことがいえないのだ。いつどこに、スパイのような木や石や小動物がかくれているか知れないのであった。
 腰掛《こしかけ》に腰をかけて、仲よく二人の人間が話をしていると、その腰掛が、とちゅうで怒《おこ》ってしまって、あッというまに、腰掛は二人をそこへ尻餅《しりもち》をつかせて、どんどん部屋から逃げていってしまうのだった。
 そのかわりべんりなこともあった。さあ、引越《ひっこ》しだと主人が命令をすると、家中の道具が、自分で動きだして、移転先《いてんさき》の家まで歩いていくのだ。運搬用《うんぱんよう》のトラックなんか不用だ。しかしそのかわり、気味がわるいといったらないのだ。
「だんだん化けもの村になるよ。困ったことだ」
「気がいらいらして来てたまらない。昔の村はのんきでよかったね」
 そんな会話が、ひそかに村人のあいだにとりかわされるようになった。
 谷博士の行きすぎたやりかたが、こんなに評判をわるくしたことは明きらかだ。
 だが、当の谷博士は、こんなことを、行きすぎたこととは思っていない。博士は、もっともっとこの三角岳メトロポリスをべんりな世界にしたいと思って、さらにいろいろと研究と工夫を進めているのだった。
 例の五人の少年たちは、その夏、正式に谷博士の研究所で実習《じっしゅう》させてもらうことになった。そして今、研究所で起きふししている。九月の半ばごろまで、実習はつづくはずであった。
 はじめ少年たちが実習をさせてもらいたいと谷博士に申しこんだとき、博士はいい顔をしなかった。その場でことわった。しかし少年たちはあきらめないで、また申しこんだ。そうしてその結果、戸山君たちの望みは、かなえられたのだ。
 この少年たちが三角岳の研究所で寝起《ねお》きするのは、博士から、最新の科学技術の教えを受けるのが目的だった。しかしそのほかに、もっと少年たちが力を入れていることがあった。それは、かねて少年たちが胸の中にひそめていた不審《ふしん》を明きらかにすることだった。その不審とは、読者諸君もごぞんじのように、谷博士の人がらがどうしても気になってしようがないことだった。
 博士は、姉ガ岡病院で、目の療養《りょうよう》をしているころまでは、戸山君たち五少年が、ほんとうに心から親しめる博士だった。ところが、博士がX号に誘拐《ゆうかい》せられて、この研究所へもどって来、そしてその両眼《りょうがん》がはっきり見えるようになって以来、博士はたいへん元気になったけれど五少年には親しみにくいものとなってしまったのだ。
 少年たちは、かたい約束をして、博士の正体をくわしく調べることになった。そして五少年が研究所で探偵みたいなことをしていることは、博士にさとられないように、深い注意を払うことになった。
 少年たちはひそかに博士の日常生活に目を光らせていたのだ。
 あるとき、少年たちは、博士が夜になってすべての扉に厳重《げんじゅう》に鍵をかけこんだのを
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