だ。またこの電臓は人間の脳髄より一まわりも大きい。
「これで安心していいわけかな」
「どうだかなあ」
 五少年のうちの戸山君がそっと首をふって横目で谷博士の顔をじろりと見た。


   博士の悔悟《かいご》


「やれやれ、谷博士は無事にこの研究所へ帰って来られたし、おそろしい超人間X号は、息の根をとめられてしまったし、これで長いあいだの怪事件も、すっかりかたづきましたな。これでわしらも大安心じゃ」
 村長の角谷岳平《かくやがくへい》が、そういって大きなため息をついた。
「いや、ほんとうに、みなさんにご迷惑をかけてあいすまんことでした。これからの私の仕事は、みなさんたちを幸福にするような方向へ進めて行くことを誓《ちか》います」
 谷博士は、これまでの気むずかしい態度をひっこめ、悔悟した罪人のように、しおらしいことをいった。
 氷室検事も、この場の調子に引きこまれたものと見え、
「まことにけっこうなことです。博士の方にも、また各村の住民諸君の方にも、今回の事件についてそれぞれ言い分はあると思うが、ここで水に流して、双方《そうほう》仲よくやってもらいましょう。どうか博士も、今後はあのX号のような、世間に迷惑をかける怪しいものを作らないように気をつけてください」
 と、訓戒《くんかい》のことばをのべた。
「それはよく分かっています。あいすまんことでした。これからは、この土地がうんと栄えるように、私はすばらしい事業を起こそうと考えているのです。それが世間をさわがせた私のお詫《わ》びのしるしです」
 谷博士は、涙をこぼさんばかりにして、そういった。
 すこしはなれた場所に、五人の少年たちはかたまっていた。博士が、しきりにあやまっているのを聞いた少年たちは、おたがいの顔を見あわした。
「ねえ、谷博士は、いやにあやまっているじゃないか。あんなこと、あやまらないでもいいと思うんだがなあ」
「谷博士は、目があいてから、人がらがかわってしまったね。目が見えないときは、もっと気むずかしい人だったがね」
「目の見えていた人間が、急に目が見えなくなると、あんなにいらいらするものだ。その反対に、目があくと、たいへん朗らかになる。心持ちがゆったりとするんだよ」
「そうかしら。でもぼくは、あの気むずかしい博士の方に親しみが持てる」
「それはそうだ。どういうわけだろう」
「どういうわけだろうかねえ」
 少年たちが、こそこそ、こんな会話をしているとき、谷博士の前へ、少女がつかつかと出ていった。もちろんこの少女は、例の山形警部だった。
「谷博士、私をもとのからだに戻してください。こんなふうに、少女の姿で、いつまでも置かれるのはかないませんよ。私は我慢をしますから、すぐ手術をしてください」
 山形警部の電臓を持った少女は、そういって博士に訴えた。
 これには、まわりに立っていた氷室検事をはじめ同僚や部下の警官たちも、大いに同情した。
「さあ、それはわしには自信がないのですがねえ」
 と、博士は、困った顔をして見せた。
「なぜです。それはなぜですか、私をこんな姿にしたのは、博士、あなたじゃありませんか」
「わしではない。X号がやったのです」
「でも、あなたが指導しました。あなたが手術のやりかたをX号に教えなければ、私はこんなからだにかえられなくてすんだのです」
「わしは、X号に強《し》いられた。そしてX号はわしの脳の働きを盗んだ。憎《にく》いやつだ」
「だから、博士、あなたは、私をもとのからだに直すことができるのです。私のもとのからだは、あの冷蔵室にちゃんとそのままになって保存されています。さあ、早く、あのもとのからだへ私の脳髄を移しかえてください。博士、お願いします。私は、こんな女の子のからだで、これ以上生きていられません」
 娘姿の山形警部は、泣いて谷博士に訴えた。
 だが、博士は首を左右に振った。
「お気のどくには思うが、すべては、X号のやったことです。わしには、そんな乱暴な手術をする勇気がありませんわい。わしに、それをせよといっても無理というものだ」
 博士は尻ごみをする。
 山形警部は、博士にすがりついて、いよいよ気が変になったようになって頼みこむ。それを見るに見かねて氷室検事も口ぞえをして、博士に頼んでみた。
 ようやく博士は、こういった。
「それほどいわれるならば、いつしかわしの気持ちが非常によくなり、からだの調子も上々の日に、思いきって手術をしてあげよう。それまではおとなしくして待ちなさい」
 これだけの口約束《くちやくそく》が、山形警部をたいへん喜ばせた。彼はもとのからだに戻る希望を持てる身になったのである。


   三角岳《さんかくだけ》メトロポリス


 それ以来、X号の乱行は、まったく見られなくなった。
 そうでもあろう、X号の本尊である電臓
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