ぞ来てくださいと頼んだのは、一カ村ではなく、そのあたり四里四方の全部の村々であった。
昔の博士を知っている者の中には、めんくらった者がすくなくない。というのは、博士はその昔、研究所長として、はなはだ横柄《おうへい》であった。たまに博士と行きあって、こっちからあいさつの声をかけても、博士はじろりと、けわしい目を一度だけ相手に向けるだけで、礼をかえしもしなかった。
じろりと見られるのは、まだいい方で時には博士はまったく知らぬ顔で行きすぎることさえあった。だから村人は、博士のえらいことを尊敬していても、博士をしたう心を持つ者はいなかった。
学者という者は、こんなにごうまんなものであって、農夫《のうふ》や炭焼《すみや》きなどを相手にしないものだと、昔からのいいつたえで、そう思っていたのだ。
ところが、こんど博士は、いやに腰がひくくなった。だから、昔を知っている者たちはおどろいたのである。おどろいて、顔を見あわせた。ものはいわなかったけれど、目つきでもって、村人はおたがいにいいたいことを察《さっ》した。
(博士さまは、えらくかわったでねえか。えらく腰がひくくなっただ)
(ほんに、そのことだ。どうしたわけだんべ)
(ああ、分かった。このまえ、ほら、あの研究所の塔《とう》さ、雷《かみなり》さまのためにぶっこわされてから、心がけがすっかりかわって、やさしくなったんだろう)
村人は、そのくらいのことを考え、その先を考えなかった。なぜ博士が急にこう物腰《ものごし》がひくくなったかについて、もっと深く考えることをしなかったのだ。素朴《そぼく》な村人たちは、博士が自分たちを友だちのように、したしげに話しかけてくれることにたいへん満足をおぼえた。そのうえに、こんど博士が、大きな金もうけをさせてくれるといったのにたいし、好感《こうかん》をよせたのだ。村人は、博士をとりまいて、遠慮《えんりょ》のない話をとりかわした。
「博士さまは、この夏の爆発のとき、目が見えなくなったちゅうこんだが、今はどうでがす。よく見えなさるかの」
博士は、ぎくりとして、両手で自分の両眼をおさえた。
「おお、そのことだ。……いや、心配をかけたが、わしの目も今はすっかり直《なお》って、よく見えるようになった。安心してください」
「それはけっこうなこと。目が不自由だと、一番つらいからの」
「そうじゃ、そうじゃ」
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