けであった。火辻軍平の死体は、どこにあるのだろう。まことに奇々怪々《ききかいかい》なる事件!
犯人は何者か
火辻の死体が紛失《ふんしつ》したことは、その夜のうちに知れわたり、さっそくこの怪事件の捜査《そうさ》がはじまったが、その解決はなかなか困難だった。
読者諸君は、この犯人なるものの正体を、だいたい察しておられる。しかし当局にはそれがなかなか分からなかった。
分かっていることは、犯人が大力《だいりき》であることだ。そうでなくては、あの丈夫《じょうぶ》な鉄格子のはいった窓をやぶることはできない。
そのほかに何もはっきりした証拠《しょうこ》はない。犯人の足あとを見つけようと思って、ずいぶん探したのであるけれど、それは発見されなかった。もっとも刑務所内は、どこもかしこも舗装《ほそう》されていて、足あとがつかないようにできていたし、塀の外もまた舗装の道路だから、足あとはのこらなかった。
事務所の高い監視塔《かんしとう》にいつも見張りをしていて、脱獄者《だつごくしゃ》があれば、すぐ見つけるようになっている監視員がいる。この監視員も犯人らしいものが、この事務所から脱出していくところを見かけなかった。
監視員の目にふれないで、脱獄することはできない仕事だ。だから犯人はどうして出てしまったのか。あるいはまだ所内にかくれているのではないかと、念入りの捜査が行われた。
その結果、やっと分かったことは、絞首台の下に、死刑囚の死体がおりてくを地下室があるが、その地下室の板壁《いたかべ》の一部がぶらぶらしており、怪しく思ってその板壁のうしろをのぞいてみたところ、そこは、がらんどうになっていた。つまり狭《せま》い地下道みたいなものがあったのだ。それがどこへつづいているのかと、奥へすすんでいくと、やがて地上へ出た。まっくらな場所であるが、たしかに家の中だ。はいあがってよく見れば、なんのこと、それは農家《のうか》の物置《ものおき》だった。その農家の物置は、刑務所から道路をへだてた場所に建っていた。
この抜け道から、犯人は事務所へ出はいりしたことが分かった。
だが、農家でも、こんな抜け道がいつ掘られたのか、だれも知らなかった。それはほんとうと思われた。とにかく犯人がうまくこの抜け道を掘ったのであろう。
犯人は、頭のいいやつにちがいない。事務所の内部で、あまり人の立
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