は、どっちも何にもいわなかった。そんなことをいうと、いかにも自分が死刑執行に立ちあって、心をみだしているように、相手に思われるのがいやだったからである。
二人は、連れだって、死刑台の下の地下室へおりていった。
そこにはいつものとおり、補助官が死んだ死刑囚の首から、絞首綱をはずしていた。
「大丈夫かね」
執行官は、補助官に声をかけた。
「はい。うまくいきました。異状なしです」
と、補助官はまったくふだんの調子でこたえた。何か異状か、怪しい人物を見かけたことでも訴《うった》えられるつもりでいた執行官はひょうしぬけがした。
「君は、さっきこの死刑囚のそばへ行ったのか。いや、まだぼくが、死刑囚の足の台をひかない前のことだ」
「いいえ。私は上の準備をすると、ここへおりまして、今までずっとここにいました」
「ええッ。ずっと君はここにいたのか」
執行官はおどろいて、なにげなく教誨師の方をふりかえった。と、そこで教誨師の不安な目とかちあった。教誨師は、小首をかしげて見せた。
「おかしいね。たしかに死刑囚の横あいから一つの人影が近づいたんだ。死刑執行のすぐまえのことだった。そうだねえ、君」
そういって執行官は、教誨師の同意をもとめた。
「そうでした。頭のいやにでっかいやつの影でした。私は、地獄から、閻魔《えんま》の使者《ししゃ》として大入道が迎えに来たのかと思いました」
「ははは、なにをいうですか、おどかしっこなしですよ」
補助官は、二人にかつがれているんだと思って、笑ってしまった。
とにかくその場は、それで一まずおさまった。執行官たちは念のために構内《こうない》を見まわったが、べつに怪しい者を見かけなかったから。もっとも夜もふけていたし、死刑執行もすんだことゆえ、みんな早くその場を引きあげたくて、気がいそいだせいもあろう。
そこで死刑となった火辻軍平の死体は、棺桶《かんおけ》におさめられたのち、そこから遠くないところにある阿弥陀堂へ、はこびいれられた。
この阿弥陀堂は、やはり塀ぎわに建っている独立のかんたんな堂であって、お寺のお堂のような形はしていなかった。しかし中にはいってみると、お寺の本堂そっくりだった。奥の正面には、西をうしろにして木像の阿弥陀如来《あみだにょらい》が立っており、その前に、にぎやかな仏壇《ぶつだん》がこしらえてあった。電灯を利用したみあかし
前へ
次へ
全97ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング