「しかし博士、私たちは、そう簡単に、結論だけを信じかねます。なにか、もっとほかに、氷河期の来るという証拠を目にし耳にしないと、信じられないのです」
 総監は、ここぞと、博士にくいさがった。


     ついに大地震う

「そんなことは、いってもむだだ。考えることもむだだ」
 老博士は、つよく首を左右にふった。
「むだなことはありません。いや、むしろ、それとは反対に、必要なことです。博士、世間では、博士のことを、氷河狂と申していますぞ。氷河期が来るから、さあ皆、その用意をしろと、博士は叫びまわっておられる。博士は、親切にそういっているのに、世間では、信じない。それは、博士がなぜ氷河期が来るか、その筋道をはっきりおさせにならないから、そんなことになるのです。おわかりでしょうね」
「ご意見はいちおう忝けないが、それはやはりむだである。世間の大衆には、わしの話はむずかしすぎて、これを説く力がないのだ。いや大衆だけではない。おそらく現存の科学者の中でも、果してそのうちの何人が、わしの説明を了解するであろうか。結局それは無駄だよ」
「博士が、そうおっしゃると、中には、博士は嘘をついて脅かしているんだと思う者がいます。わからなくとも、いちおう、なぜ氷河期が来るのかということについて、説明されるのが、お身のためでしょうと思います」
 総監は、あくまで、ものやわらかだ。
 博士は、顔を真赤にして、すこぶる憤激の態であった。
「総監、あなたは、こういうことを考えてみるがいい。国と国との間に戦争が起ったとする。両国の軍隊は、今さかんに大砲を打ち合い、互いに爆撃をくりかえしている。そのさいちゅうに、軍人が、これはいったい、なぜ戦争になったのかしらん、その筋道は如何、と、そんなことを考え込んでいて、いいものだろうか。戦争は、すでに始まっているのだ。軍人は、ただちに部署について、敵襲に備え、または果敢に攻撃に出なければならない。――それと同じで、氷河期は刻一刻、近づきつつある。すでに大砲は鳴り、爆音は響いている。それになんぞや、科学を理解する力もなくて、科学を検討しようというのは、何という愚かなことだ。科学のことは科学者にまかせ、あなたがた、科学のだす結論を信じて、処置をすればいいのだ。そうではないか」
 総監は、当惑顔であった。
「しからば、博士にうかがいますが、氷河期が来るについて、す
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