。しかし実際はどうかなあ。いや、君の言葉を信用しないわけではない。それにいくら外科手術が進歩した現代かは知らぬが、マネキン人形を接ぐわけじゃあるまいし、生きた肢体の接合をするんだから、相当むずかしい筈だ。例えば、血管と血管との連結はどうする。また神経細胞の連結はどうする。これはたいへん困難なことだぜ」
「一向困難な問題ではない。太股のところでずばりと切断されると、その切口は直ちに写真に撮《と》られ、そして現像後は壁一杯に拡大されて映写される。それから、接ぐべき脚の切口も同様に撮影され、拡大映写される。この二つはもちろん同一ではないが、同じ人類のことゆえ相似である。しかし接合するためには相似の程度では困るので、是非とも同一でなければならぬ、つまり骨、血管、神経、筋肉、皮下脂肪、皮膚などの配列状態がねぇ。そこで相似から同一へと、配列の調整が設計される。もちろんこれはまず骨と骨とを一致せしめ、血管、神経などはその後に順番に配列座標が決定される。それから配列|替《が》えの手術だ。電気メスと帯電器具と諸電極とを使ってこの手術は僅か五分間にて完了する。そうなれば太股の切口も、これに接ぐべき脚の切口も、はんこ[#「はんこ」に傍点]を捺《お》したように同一の配列、太さ、形をとるわけだ。だからあとは両者をぴたりと合わせて電気をかけ、瞬間癒着を行うのだ。残るは皮膚と皮膚の接合部に対する適切なる処理だ。これも済めば、全部の手術が終ったことになる。どうだ、これなら納得できるだろう。部品を組合わせてエンジンを組立てるのと同等の技術をもって、この手術は確実且つ容易に行われるのだ」
 私はここで言葉を停めて、友の顔を見た。鳴海は軽く肯いていた。
「どうだ、鳴海。納得いったんだね」
「まあ、或る程度はね。それにしても、接がれた脚がすぐ脳髄の命ずるとおり働くだろうか」
 彼はまだ追及をやめない。
「それはもちろん周倒な試験がなされる。特に神経反応は念入りに検《しら》べられる。血行状態は心臓カージオグラフによって完全に確かめられる。運動と筋肉の関係は有尺高速映画で撮影され、筋肉圧はブラウン管の光斑点の動きで検定するが、これは同時撮影されるから、もしも異状があれば、直に発見される。麻酔の解かれるのは、これらの試験が全部終了した上でのことだ」
「ふうん。君はなかなか詳しいね。それ位なら和歌宮師の助手が勤まるだろう」
 と鳴海は皮肉をいう。私はそれに構《かま》わず言った。
「もはや現代の医術は天才的特技ではなくなった。それは普遍性ある機械的技術となり、機械力によりさえすれば誰にも取扱えるものとなりつつある。わが和歌宮先生の特技と称せらるるものも実は先生が把握した真理を大胆率直に機械的技術に移し、これを駆使するのに外ならない」
「そういっちまえば、君の崇拝する和歌宮師は、魔術師の一種だてぇことになる。とにかく君は即時即刻あのような人物との関係を清算せにゃならんのだ。切に忠告する」
「何をいうか。僕のことは僕が決めるんだ」
 余計なおせっかいをする鳴海を、とうとう追出すようにして帰って貰い、私はそれからすぐさま迎春館へ行って両脚を売却した。こうしてしまえば、いくら鳴海だってもううるさいことはいえないのだ。なお私は両脚の代償として、予《か》ねて珠子から望まれていたとおりの五ヶ年若き青春と代りの脚一組とを購《あがな》い、その場で移植して貰った。

   疑惑

 珠子は、果して大悦《おおよろこ》びだった。私の予期した以上の悦び方だった。私の両手を握って見較《みくら》べ、以前よりも艶々《つやつや》してきたと褒めた。
 それから私達は、ヨットに乗って、瀬戸内海の遊覧列島へ出発した。
 幸福な、そして豪華な生活に、私たちは暦《こよみ》を忘れて遊び廻った。が、このような生活もいつしか飽《あ》きを覚える時が来た。勘定してみると、丁度《ちょうど》三ヶ月の月日が経っていた。そこで私達はどっちからいい出すともなくそれをいい出してこの島を離れ、元の古巣である都会へ引返した。
 私は珠子と同棲するために新しい住居《すまい》を見つけるつもりでいたところ、珠子はそれに反対だった。同棲するには準備もいることだし、旧居を片付けるためにも時間を要するから、大体あと五週間の余裕を置いてくださらないと訴えた。私は、五週間はちょっと永すぎると思ったが、折角《せっかく》珠子のいうことだし、それでよろしいと承知した。私達は、停車場の前で左右へ別れた。そしてそれ以来今日まで約二週間、私は珠子に会わないのである。
 私としては、同棲はしないまでも、私が珠子を訪問することは彼女の歓迎するところであろうと思ったので、停車場前で別れたその翌日には、彼女を美蘭寮《びらんりょう》に訪ねたのであった。ところが、寮はあったが、彼女は
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング