られたくなかったからだ。でも鳴海は、ふうんと呻《うな》ったばかりで、私の脚へちらりと一瞥《いちべつ》を送り、あとは気にもとめていないという顔をした。
「珠子さんと一緒じゃなかったのかい」
「なにい……」
私は不意打をくらって蒼《あお》くなった。
「いや、機嫌を悪くしたら、勘弁《かんべん》したまえ。なあに、さっき珠子さんの後姿を見つけたもんだから……」
「えっ、どこで珠子を……。詳《くわ》しくいってくれ」
鳴海はびっくりして暫く私の顔を見詰めていたが、
「君を興奮させるつもりはなかったのだ。H街《がい》を彼女は歩いていたよ」
「ひとりきりか。それとも連《つ》れがあったか」
「さあ……困ったなあ」
「本当のことをいってくれ。僕は今真実を知りたいんだ。珠子は他の男と歩いていたのだろう。その男は、どんな奴だったい」
私の険《けわ》しい追及が、鳴海の返答をかえって遅らせた。でも結局彼は答えた。
「別に怪しい人物ではなかったよ」
「でも……どんな男だ、其奴《そいつ》は……」
「君の知っている人だよ」
「じらせてはいけない。珠子の連れの男は誰だったか、早くそれをいってくれ」
「いっても差支《さしつか》えなかろう。瀬尾教授だ」
「なに、瀬尾教授。あの、大学の瀬尾外科の主任教授である瀬尾先生か」
「そうだ。だから君は別に興奮しないでよかったのだ」
私はしばらく沈黙していた。そしてそのあとで呟《つぶや》いた。
「一体珠子は瀬尾教授なんかに何の用があるんだろう」
その理由は、見当がつかなかった。しかし珠子があれ以来私に対し行方をくらまし、音信不通の状態をとっていることから考えて、たとえ相手が瀬尾教授であろうと、それと肩を並べて歩いているということは、私にとって重大問題たることを失わないのだ。
「君は今、H街だといったな」
「おい、血相かえて何処《どこ》へ行くんだ。待て、待てといったら」
私は鳴海の狼狽《ろうばい》する声を後に残して、外に飛出した。行先はもちろんH街であった。
H街はひどく雑鬧《ざっとう》していた。はげしい人波をかきわけ、或いは押戻されつして、私は何回となく求むる人を探し廻った。しかしその結果は、何の得るところもなかった。二人はどこかへ雲隠れしてしまったのだ。
まあいい。いずれそのうちに、二人は又このH街に現われるだろう。そのときこそ引捕《ひっとら》えてくれ
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