のに気がついて、顔をそっとその方へよせた。そのときの愕《おどろ》きくらい、丁坊にとって大きい愕きは外になかった。
「うわーっ、飛行機にのっているのだ」
 しかしその愕きは、まだまだ小さかった。彼の目がひょいと向うの方にうつると、
「ああっ、――」
 と、愕きのあまり息がとまるように思った。
 なんであろう、あれでも飛行機なのであろうか。まるで要塞《ようさい》に羽根が生えてとんでいるようだ。
 それが世にもおそろしい空魔艦とは知らず、丁坊は小窓にかじりつくようにして、向うを飛ぶその空魔艦の姿に見入った。


   空中戦のはて


 いつの間にさらわれてしまったのか、丁坊が気のついたときは飛行機のなかの寝台にねていたのだ。ところがその飛行機も、ただの飛行機ではなかった。
 空魔艦とよばれる世界一のおそろしい飛行機であった。まるでお城に翼をはやしたような、ものすごいかっこうをしている空魔艦であった。
 大砲や機関銃やらが、いくつあるのかちょっと見たくらいでは、数《かず》がわからないというたいへんな攻撃力をもっていた。
 その空魔艦のおそろしい姿を、丁坊は窓のそとに見た。そこをとんでいるのだった。丁坊ののっている飛行機も、やはり空魔艦であった。つまり二台編隊で、ゆうゆうと空をとんでいるのである。
 一体どこをとんでいるのだろう。そしてどこへゆくのだろう。
 丁坊は、窓から地上をのぞいてみた。
 見なれない景色がみえた。雪がふっていてまっしろだ。いや、氷山のようなものも見える。空は、いまにも泣きだしそうに灰色であった。
「ずいぶん北の方らしい」
 丁坊は、そのときはまだなんにも分らなかった。氷の山が見えたり雪がいちめんにふっているから、北の方の国だと思ったばかりであった。
 もしそのとき丁坊が、いま窓から下に見える土地が北極にごくちかい寒帯地方だと知ったらどんなにおどろくだろう。
 いや、そんなことにおどろかなくてもいいことになった。もっともっとびっくりすることが向うからやってきた。
 ダダダダダン。ダダダダダン。
 いきなりはげしい機関砲の音であった。びりびりと、機のなかのかべがふるえた。
 びっくりして窓からそとをみると、いつの間にあらわれたのか、上空から戦闘機が身がるにすーっとおりてくるのが見えた。
 一機ではない。二機、三機、四機、五機――みんなで五つか六つある。それがいずれも編隊をくんで、まっさかさまにこっちを狙いうちにまいおりてくるのだ。
 どどーン、どどーン。
 大きな砲門もひらいた。
 空にぱっとうすずみいろの煙が、ハンカチの包みをほおりだしたようにあらわれる。
 こっちの空魔艦からうっているのである。
 ダダダダン、ダダダダン。
 向うの飛行機からも、機関銃が火のような弾丸をぶっぱなす。ときどきこつんと音のするのは、機体に敵の弾丸があたった音にちがいない。
 フワーッと、敵機は空魔艦のまわりであざやかな宙がえりをうって逃げる。
 そこをつづいて、ダダダダンとうつ。
 おそろしい空中の戦闘だった。なぜこんなことが始まったのであろうか。


   えらいチンセイ


 まるで大象《おおぞう》を、燕《つばめ》の群《むれ》がおいまわすような恰好《かっこう》だ。――空魔艦と、敵の戦闘機《せんとうき》との空中戦は。
 空魔艦もいらいらしてきたらしい。
 うちだす砲声も銃声も、いよいよさかんになり、そのはげしい砲火《ほうか》のため、耳もきこえなくなりそうだ。
 どどどーン。
 ダダダダダン。
 そのうちに、敵の戦闘機の一機に、こっちの弾があたったらしく、つばさがぶるっとふるえると、たちまち黒煙をあげて、きりもみになって落ちていった。
「みごとに撃墜《げきつい》だ」
 げきつい[#「げきつい」に傍点]――という言葉はよくきくが、そのげきつい[#「げきつい」に傍点]を見るのはこれがはじめての丁坊だった。
「じつにものすごいなあ」
 丁坊は感心をした。
 それをきっかけに、空魔艦のねらいはますます正確になっていって、一機またつづいて一機もうもうたる火焔《かえん》につつまれ、いずれも地上におちていった。
 それをみるより、のこりの三つか四つの敵機もおじけがついたのか、くるっと機首をまげて、向うへとんでいった。敵は空魔艦にかなわないとみて、どんどんにげだしたのだ。そうして遂に、敵機のすがたは見えなくなった。
 空魔艦は、べつに後からおいかける様子もなく、ゆうゆうと高い空をとびつづけるのであった。
「なんという強い飛行機があったものだろうか。一体どこの飛行機なんだろう」
 丁坊はすっかり感心したり、ふしぎにおもったりした。
 空中戦がすっかりすんでしまうと、丁坊は身体《からだ》を寝台の上によこにしているのが退屈になった。
「誰かこないかなあ」
 つい、そういってひとりごとをいったときに、この寝台の室の扉がさっとひらいた。そして扉の向うからひょっくり顔を出したのは、二十五六の背広の洋服をきた男であった。
 その顔をみると、たしかに東洋人であった。丁坊は毛布にあごのところまでうずめながら少し安心した。
 その男は、腰をかがめて丁坊の額《ひたい》へ手をやった。そしてううーと呻《うな》った。丁坊は目をつぶって狸《たぬき》ねいりをしていたのだが、このときぱっと目をあいてにこにこと笑った。
 すると、背広男は、うわーっとおどろいて丁坊の前からにげだしたが、扉のところでおもいかえしたらしく、また丁坊のところへやってきた。そして丁坊の耳のところへ口をあてて、
「おれチンセイだ。この飛行機の中のありとあらゆる室を見まわっているえらい人間だ。おれをうやまったがいい。どうだ少年、もう気ぶんはなおったか」
 といった。
 チンセイのもののいい方は、日本人ではない。どうやら中国人みたいである。


   国のない国


 丁坊は寝台の上からチンセイに、ていねいに礼をいった。気ぶんもわるくはないこと、しかしおなかがたいへんへったことを話した。するとチンセイは、ぷいと座をたっていったが、まもなく金属せいの丼《どんぶり》のようなものをもってきた。そのなかからは、あったかそうに湯気《ゆげ》が立っていた。それを喰《た》べろというので、なかを見ると、うまそうな中華そばが入っていた。
 中華そばを喰べながら、丁坊はどうして自分がこんなところへつれてこられたのかときいた。
「さあ知らないね」
「でもチンセイさんは、この飛行機の各室を見まわっているえらい人だというから、知らないことはなかろう」
「うん、えらいことはえらいが、知らんことは知らないよ。しかし今に機長が話をしてくれるだろう」
「えっ、機長てなんだい」
「機長かね。機長はこの飛行機の中にのっている百二十人の人間のなかで、一等えらい人のことだ」
「ああそうか。船でいうと、船長みたいなものだね」
 と丁坊はいったが、内心にはこの飛行機に百二十人もの人間がのっているときいて、非常におどろいた。今までに、そんなに沢山の人間がのりくんでいる飛行機の話をきいたことがない。
「チンセイさん。この飛行機は、なんのためにこんな寒いところを飛んでいるのかね」
「それはわかっているじゃないか。客と荷物をはこぶためだ」
「うそいってらあ」と丁坊はやりかえした。
「だって、さっきはどこかの戦闘機とたいへん激しい空中戦をやったじゃないか。戦争をやるこの飛行機が……」
「うう、まあ待て」とチンセイはあわてて少年の口をおさえた。
「それを見たか。あれは、こんなさびしいところを飛んでいるとああいう空中のギャングがよく現れるのだ。だからこっちでも大砲や機関銃をもっていて、空中のギャングをああいう風におっぱらうんだ」
「そうかね」丁坊は、よく分らないけれど、分ったような返事をした。
「チンセイさん、この飛行機には名前がないのかい」
「名前はあるよ。それは――つまり日本語でいうと『足の骨』というんだ」
「えっ、『足の骨』! へんな名前だなあ。いったいこの飛行機は、どこの国のものなんだい」
「どこの国の飛行機?」
 チンセイの顔色が急にあおくなった。彼はいままでのように、すぐには返事をしなかった。やがて彼は、ふるえ声で丁坊の耳にそっと伝えた。
「おい、おどろくな。この飛行機はね、世界のどこの国の飛行機でもないんだ。つまり国のない国の飛行機なんだ」


   氷上の怪人


「ええっ、国のない国の飛行機《ひこうき》!」
 国のない国って、どんな国のことだろう。
 丁坊は、まるでなぞなぞの問題をだされたように思った。
 そのうちに、空魔艦はにわかに高度を、ぐっとさげはじめた。
 じつに上手な操縦ぶりだ。
 たちまち白い地上は、すぐ近くにもりあがってきた。
 下は氷でおおわれている。どうみても極地の風景であった。
 その広々とした氷の上に、ばらばらと黒い点があらわれた。よく見ると、人間らしい。
 空魔艦はエンジンの爆音もたからかに、どしんと氷上についた。
 どこかでブーブーと、サイレンがなりひびいている。
 長い滑走をしたあげく、やがて空魔艦の停ったところは、小山のような氷山の前であった。
 チンセイはあわてて部屋をとびだしていった。
 丁坊は、窓のところに顔を出して、ものめずらしげに、あたりの氷山風景をながめまわした。
 よくみると氷山の下がくりぬいてあって、大きな穴ができている。その穴が格納庫《かくのうこ》になっているらしく、空魔艦と同じ形の飛行機がおさまっている。穴の中からは、毛皮をきた人間が、ぞろぞろ出て来て、こっちへかけつけてくる。どうやらここは飛行港《ひこうこう》らしい。
 どうなることかと、丁坊は片唾《かたず》をのんで窓の外の、人のゆききをながめている。
 するとそのとき、少年のうしろの扉があらあらしく開いた。
 はっとうしろをふりかえると、防毒面《ぼうどくめん》に防毒衣《ぼうどくい》をつけた人相のわからない者が、二人ばかり入ってきた。
 なにか分らぬ言葉で叫ぶと一人が逞《たくま》しい両腕をのばして、丁坊をむずとつかまえた。
「な、なにをするんだ」
 丁坊は、力のかぎりはねまわった。が、とても大人の力に及ばない。そのうちにもう一人がもってきた袋のようなものの中に、丁坊のからだはすぽりと入れられてしまった。その袋は丁坊の首のところでぎゅーとバンドがしまるようになっていた。
 二人の怪しい男は、防毒面の硝子《ガラス》ごしに、にやりと笑ったようである。
 それから二人は、丁坊を入れた毛皮の袋を両方からかついで、飛行機の外にはこびだした。
 一体どうなることだろう。
 丁坊の運命はいまや、あやしいみちをとおっている。
 やがて丁坊の入った袋は氷上にどしんとおかれた。
 すると左右から、いずれも怪しい服をつけた人間が十四五人あつまってきて、丁坊をまんなかにぐるりとまわりをとりまいてしまった。


   危《あやう》き一命《いちめい》


 毛皮の袋の中に入れられ、首だけちょこん[#「ちょこん」に傍点]と外に出している丁坊を、ぐるりと取巻いた十四五名の防毒面の怪漢たちは、丁坊を指しながらなにごとか分らぬ国のことばで、べちゃくちゃと喋《しゃべ》っていた。
「なんだ。なにを騒いでいるのだろう。ははあ! 僕をどう始末《しまつ》しようかと相談しているらしいぞ」
 丁坊は、怪漢たちの心の中をそういう風に察した。
 そして、どうなるのだろうと成《なり》ゆきをみていた。はたして、しばらくすると、その中の一名が、ほかの人をおしのけて、丁坊のまえにつかつかと出てきた。そしていきなり丁坊の鼻のさきへ、ピストルの銃口をむけた。
「あッ、僕を殺そうというんだな。殺されてたまるものか。うぬッ――」
 と、丁坊は、かなわないまでも、その怪人にくいつこうと思って、一生懸命に立ちあがろうとしたが、どうして立ちあがれるものか。なにしろ丁坊は、首だけ外にだして袋の中に入っているんだから、まったく自由がきかない。くやしいが、ついにこんな見もしらぬ氷原の上で、防毒面の怪人に殺されるかと思い、丁
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