ちこちに怒声《どせい》がおこる。
と、次の瞬間、天地もふるうような大爆音が起った。猛烈な空気のながれ、目もくらむような大閃光《だいせんこう》。
ぐわーん、めりめりめり、ばらばらばらと、なにが飛ぶのか、根拠地の奥の方ではひっくりかえるようなさわぎだ。
敵は寝耳に水のおどろきで、ぞろぞろと格納庫やあな蔵のなかからとびだしてきたが、そこへ、わーっと喊《とき》の声をあげてとびこんできたのが、大月大佐を先頭に決死隊甲組の面々であった。
こうなればピストルよりも白刃がものをいう。五勇士はいずれもそのむかしの戦場のつわものだ。右往左往《うおうさおう》する寝ぼけ眼の敵の中におどりこんで、あたるを幸いと切って切って切りまくる。
そのころ火のついた油タンクは火勢を一段とつよめて燃えさかる。
にげまどう敵の脂汗《あぶらあせ》にまみれた顔に、紅蓮《ぐれん》の火が血をあびたように映える。
大団円《だいだんえん》
不意をうたれては、世界無比をほこる空魔艦もその乗組員も、まるで藁細工《わらざいく》と同じことである。
おそろしい武力の中心は、わずか十名のわが日本人の手によってひっくりかえされてしまった。
捕虜《ほりょ》になった敵は、みなで三十人ばかり。その多くは怪我《けが》をしていた。
丁坊と仲よしだったチンセイは、空魔艦の中の冷い座席にひとりでねむっていたので、折よくそこへ第一番にとびこんだ丁坊にみつけられ、ぶじにたすけられた。
氷上にのこったのは、二機の空魔艦と、そのほかわずかの食料庫ぐらいのものであった。
大月大佐は、隊員をあつめ、東の空をあおいで高らかにばんざいを三唱した。怪我をしているものはあるが、生命《いのち》をおとしたものが一人もないのはまったく天祐《てんゆう》であった。
空魔艦の怪人たちは、いずれもその仮面をひきむかれた。その奇怪な防毒面の下には、やはり普通の人間の顔があった。しかし西洋人もあれば東洋人もあった。これは世界に大革命をおこそうというユダヤの秘密結社の一味であった。もし時がくれば、この空魔艦を相手国には知られぬように、成層圏といわれる高い空にとばして、各国の首都をひとおもいに大爆撃しようと考えていたことがわかったが、その空魔艦こそ、じつに世界中どこをさがしても、みあたらない大進歩をとげた飛行機であったのだ。思えば、日本の国もあぶないことであった。
空魔艦は、若鷹丸探険隊員の手によって、うまく分捕《ぶんど》ることができた。しかしこれをどうして日本まで動かしたらいいのであろうかと、大月大佐たちは困っていた。
そこへ突然、探険隊の消息《しょうそく》を心配して日本から有力な飛行隊が大挙して飛んできたので、大月大佐以下は生命をすくわれた上、この大きな土産《みやげ》空魔艦を捕虜とともに飛行隊へ手わたすことができて、重なる悦《よろこ》びであった。もしこの救援飛行隊が、もう四五日もはやくこの極地へとんでくれば、そのときは空魔艦とはなばなしい戦闘をしたことであろうが、丁坊の勇ましい言葉によって決死隊をさしむけた若鷹丸探険隊が、一足お先に手柄をたててしまったことになった。
お母さんは、丁坊の帰京を、ゆめかとよろこんだ。おなじ心配をしていた吉岡清君もその妹ユリ子もすぐ丁坊のうちへとんできて、うわーっといってだきついた。
丁坊はもうホテルの給仕《きゅうじ》をやめてしまって、立派な飛行機博士になるために、いまでは上の学校へ通って勉強をしている。
いつも丁坊の味方になっていた中国人チンセイは、丁坊につれられて東京にやってきたが、大月大佐などの力ぞえで、銀座裏に小さい中華料理店を開業している。どうかみなさんも折があったら、チンセイの店をのぞいてやってください。入口をはいると、すぐ正面に大きな空魔艦の額がかかっているから、知らないで店に入ったひとでもすぐ気がつくにちがいない。
では本ものの空魔艦は? それは、それ航空館へゆけば、陳列してあるのが見られる。館長大月大佐にたのむと、よろこんで空魔艦征伐のときの説明を、身ぶりたくさんでしてくれるであろう。
底本:「海野十三全集 第9巻 怪鳥艇」三一書房
1988(昭和63)年10月30日第1版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年5月3日作成
2008年7月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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