が泣きじゃくっている間に、手を使って信号がとりかわされた。
「おお、大佐は、少年を船へつれてこいていわれる。ただしそのまま担《かつ》いでこいということだ」
「それ見ろ。大佐も俺も同感らしいじゃないか」
と一木はにやりと笑って、丁坊のところへ近づいた。
「こら、お前はこれから探険船|若鷹丸《わかたかまる》へつれてゆかれる。おとなしくしていなきゃいけないぞ」
丁坊は、黙ってうなずいた。彼の眼はいきいきと輝きを加えた。
大勢の肩にかつがれて、やがて丁坊は難破した探険船若鷹丸についた。そして階段を下りてやがて一つの部屋につれこまれた。
そこは事務室のようであった。大月大佐であろうか、正面にやはり毛皮を頭からすっぽりと被《かぶ》った長い髭《ひげ》の壮漢《そうかん》が、どっかと粗末な椅子に腰をかけていた。
「こっちへ連れてこい」
大佐は一つの椅子をさした。
丁坊はその上に、ちょこなんと載せられて、どんな問答が始まるのであろうか。気の毒にもこの難破船はもうストーブにくべる石炭や薪《まき》もなくなったと見えて、室内に氷が張っていたり天井《てんじょう》から氷柱《つらら》が下っていたりする。すこぶる困っている様子であった。
「私《わし》はこの探険船の団長大月大佐だ。お前は何者か。そしてなぜ落下傘で氷上におりてきたか。さあ、包まず話せ」
そういわれて丁坊は、のぞむところと、いままでのいきさつをなにからなにまで話をした。
丁坊の話を感にたえないような顔で聞いていた大佐はそこで腕組《うでぐみ》をして、
「わけが分らずに、氷原へお前は下ろされたというのだね。そしてあとから拾いにゆくといったのだな。はて空魔艦からの変な贈物だわい。一体どういうわけだろうか」
といっているところへ、一人の船員が階段を転がるように入ってきた。
「おお、大佐、たいへんです。船腹《せんぷく》がさけました。船はめりめり壊《こわ》れています。もう間もなく――そうです、十分とたたないうちに、この船は氷の下に沈んでしまいますぜ」
「ええ、船が――船がとうとう氷に壊されたか。今までそんなけはいも見えなかったのに、どうしたんだろう。いや、これも空魔艦のなせる業にちがいない。さあ全員をよびあつめて、そしてすぐ氷上へ避難だ」
丁坊の訊問《じんもん》どころではなく、難破船は大混乱となってすぐさま荷物の陸あげにかかった。そういううちにも、船は一センチ、また二センチと、しだいに気味わるく下ってゆく。はたしてこれも空魔艦のせいであろうか。空魔艦はどんなおそるべき仕掛をしていったのだろうか。
最後は迫《せま》る
若鷹丸は、刻一刻と氷の下にめりこんでいった。
大月大佐は隊員を指揮して、船内にあった大切な器具や残り少くない食糧を氷原にはこばせた。船はだんだん傾きはじめた。船首がたかく上にもちあがって、船尾はもう氷とすれすれになった。いままで真直に立っていた檣《マスト》が、今は斜に傾いているのもまことに哀れな姿であった。
丁坊少年は、例のとおり達磨《だるま》さんのように手も足も厚い蒲団《ふとん》のようなものにくるまれたまま氷上に置かれて、沈みゆく難破船をじっとみつめていた。久方《ひさかた》ぶりで懐しい日本人に会えた悦《よろこ》びも、この沈没さわぎで煙のように消えてしまった。どうしてこうもよくないことが丁坊の行くところへ重なってくるのだろう。
「おい皆、もっと元気《げんき》を出して頑張れ。船が沈んでしまったら、それこそ何にも取りだせないぞ」
と大月大佐は、まだ船の上に立って、しきりに隊員をはげましていた。
「食糧と水とは全部だしました。武器や観測用具も殆んどみな出ました。こんどはエンジンを出したいのですが、どうも間にあいません」
と隊員が大声で叫んだ。
「いや、どう無理をしてもエンジンは出さなきゃいけない。無電室に小さいのがあったじゃないか」
「あれは前から壊れているのです」
「壊れている? 壊れていても、エンジンを一つも出さないよりはましだ。出して置いた方がいい。それから椅子や卓上《テーブル》や毛布など隊員の生活に必要なものは一つのこらず出してくれ」
「ええ、そいつはもうすっかり出してあります。船の向う側へ抛《ほう》りだしてあるんです」
「無電装置は出したろうな」
「ええ、短波式のを一組、いま出しにかかっているところですが、この分じゃ間に合うかなあ」
「間に合うかなあと心配ばかりしてはいけない。無電装置はぜひ入用だ。いいからすぐ全員をその方に向けて、なんとしても取出すんだ」
「はい、承知しました」
船員は呼笛《よびこ》につれて、傾いた甲板《かんぱん》の上を猿《ましら》のように伝わって走ってゆく。
そのうちに、ああっという叫び声が聞えた。見よ、若鷹丸の船首はすっかり宙
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