坊は非常に無念であった。
 すると、そのとき別の人がつかつかと出てきて、ピストルを持つ人の手をおさえた。ピストルを持っていた人は怒《おこ》ったらしい。二人が争うのを見ていた残りの人も、結局ピストルをうとうとした人をおし止めた。
「なんだ! 生命《いのち》は助かったのか」
 丁坊は弱味を見せまいとしたが、さすがに嬉しかった。
 しかしはたして、それは嬉しがることであったろうか。いや、丁坊は知らないけれど、彼の一命を助けた人というのは、この氷上の怪人団の智恵袋《ちえぶくろ》といわれている人物であって、やがてこの丁坊を、死よりも、もっとつらい仕事に使おうとしているとは、神ならぬ身の丁坊は知るよしもなかった。
 やがて中国人チンセイがよばれた。
 チンセイは丁坊の張番を命ぜられたのだ。十四五人の怪人は、もう用がすんだという顔つきで、大空魔艦の格納庫の方へすたすたと歩いていった。
「チンセイさん。僕のことを、あの人たちはどういってたの?」
 と、丁坊はチンセイに話しかけた。
「うむ、何にも知らん」
 チンセイはかぶりを振った。知っていても喋ると叱《しか》られるのが、こわいという気もちらしかった。
「ねえ、チンセイさん、云っておくれよ。僕はどうせこんな風に捕虜になっていて、逃げようにもなんにも出来ない身体なんだよ。すこしぐらい、僕の知りたいと思っていることを教えてくれたっていいじゃないか」
 丁坊は、ここを先途《せんど》と、チンセイの心をうごかすことにつとめた。
 チンセイはもともとお人よしであるらしく、丁坊の言葉《ことば》にだんだん動かされてきた。
「じゃあ、話をしてやるが、黙っているんだぞ。こういうわけなんだ――」
 チンセイは、怪人たちに気取《けど》られぬよう、そっぽを向いて早口で語りだした。はたして彼はどんなことを口にして、丁坊の心をおどろかそうとするか?


   空魔艦の秘密


「おい丁坊、ほんとをいうと、おれは空魔艦『足の骨』のコックなんだ。料理をこしらえたり、菓子をつくったりするあのコックだ。おれは、お前と同じように、攫《さら》われてきたんだ。それはおれが杭州《こうしゅう》で釣をしているときだったよ。突然袋を頭から被せられてかつがれていったのだ。あれからもう三年になる。早いものだ」
 そういってチンセイは、ふかい溜息《ためいき》をした。
「チンセイさん。僕のこ
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