。そして手をあげて、何かものをいうような恰好《かっこう》をした。
 すると怪物の首領は、大きな頭をふって、うなずき、
「おお、そうか。君は、なかなか勇気があってえらいぞ。そうか、君たちはやっぱり日本人だったか」
 木曾が何かいったのが、怪物の首領に通じたものと見える。空気もないのに、なぜこっちのことばが向こうに通じたものであろうかと、三郎はふしぎに思った。が、それよりも、木曾に勝手なおしゃべりさせてはならないと思ったので、彼は木曾に注意をするつもりで自分の触角を木曾の方によせた。
「おい、君たち同志、勝手に話をしてはいけない」
 首領は、早くも三郎の心をみぬいて、しかりつけた。
 ああ、一体この智慧のすぐれた怪物は、一体何者なのであろうか。


   司令艇《しれいてい》クロガネ号


 話は、ここで風間少年たちや、月世界に不時着した噴行艇アシビキ号からはなれて、今なお堂々たる編隊でもって、大宇宙をとんでいるわが噴行艇の本隊にうつる。
 この本隊では、はじめ百七十隻だったが、途中アシビキ号をうしなって、今はのこりの百六十九隻が固まってとんでいる。
 隊の先頭には、嚮導艇《きょうどうてい》ヨカゼ号が、只一つ勇敢にも、ぐんぐんと宇宙の道を切開いていく。この嚮導艇の艇長は、松宮一平《まつみやいっぺい》といって、予備ではあるが、海軍の飛行兵曹長であった。
 その嚮導艇ヨカゼ号から二キロメートルの後方に司令艇クロガネ号が居り、その後に噴行艇の大編隊がつづいているのであった。
 司令艇クロガネ号!
 この司令艇には、大宇宙遠征隊の司令が幕僚《ばくりょう》をひきつれてのっている。
 司令は誰あろう、この前の第三次世界大戦の空戦に赫々《かくかく》たる勲功《くんこう》をたてた大勇将として、人々の記憶にもはっきりのこっている、あの隻脚《せっきゃく》隻腕《せきわん》の大竹《おおたけ》中将であった。
 この噴行艇隊は、一体なにを目的として、大宇宙遠征の途についているのであろうか。
 遠征の目的は、まだ人類が試みたことのないたいへんな仕事をするためであった。
 たいへんな仕事とは、なんであろうか。それはムーア彗星《すいせい》にある超放射元素で、ムビウムという非常に貴重な物質を採ることであった。
 ムビウム超放射元素!
 この貴重な元素のことを知っている者は、あまり多くない。このムビウムは、すばらしい放射能をもっているのだ。放射能物質でむかしからよく知られているのはラジウムである。地球には、この外ウランとかトリウムとかアクチニウムなどの放射能物質がある。
 そういう物質からは、あのふしぎなアルファ、ベータ、ガンマの放射線が出てくる。この放射線が癌《がん》という病気をなおすことは、誰でも知っているが、このごろでは、人類のためもっと貴重なはたらきをしてくれることがわかった。それは今くわしくいっているひまはないが、人間が考えたこともなかったほどのすばらしい大きな動力をひねりだす種として、たいへん貴重なものであった。
 ところが、せっかくのその種も、大動力をひねり出す種の役目をさせるには、よほどたくさんあつめなければならない。しかもこの地球にはそういう物質はすくないから、一生けんめいにラジウムその他をあつめてみても、いくらもあつまらない。地球全体の放射物質を一個所にあつめてみても、大したことはない。せめてその百倍あれば、その新動力発生法は、小さいながらも成功するのであった。
 そこで世界中の学者たちは、この折角《せっかく》の新動力発生法も、人間の力ではできない相談であるとしてあきらめてしまったが、只ここにひとり日本の若い学者で、緑川博士《みどりかわはかせ》という人だけはあきらめなかった。博士は考えた。地球にある放射物質だけをあつめたのでは少くてだめであるが、思いきって地球以外の他の場所から持ってくる工夫をすればいいではないか。
 この考えは、すばらしい思いつきだった。科学者のすばらしい夢だった。なるほど、それはおもしろい考えである。
 博士は数年前から知られている超放射元素ムビウムに目をつけた。このムビウムは、一名きを変にする元素ともいわれる。それは各国の学者が、このムビウムを発見したハンガリーの天文学者ムービー氏のことを気が変だといい、そのために、そういうへんな名がついたのだった。
 ムービー氏の発見の話をするとおもしろいのだが、長くなるから、かんたんにいうが、ムービー氏は元来|素人《しろうと》天文学者であり、いつも星の光を研究していたが、ちょうど今から六年前、地球から十万光年の遠方にある名もしれない星を発見した。そのときこの星の光を分光写真にとってしらべてみると、この地球にはない元素があることがわかった。しかもこの新発見の元素は、計算をしてみるとラジウムの一万倍の放射能をもっているといって、世界中をおどろかした。そしてその元素をムビウムと名をつけたのだった。
 それを聞いた世界各国の天文学者は、あわてて自分の望遠鏡を、大空に向けた。なるほどムービー氏のいう星はあった。しかしその星の中には、ムビウムなどというすばらしい放射能の物質はいくらさがしてみてもなかった。世界中の天文学者は、ムービー氏のことを悪くいいはじめた。ムービー氏は、自分に対する非難を弁解して、いやたしかにムビウムはあったのである、自分の見たときには、まちがいなくあったのである。しかし今は、自分がその星を見てもムビウムは見あたらない。自分でもふしぎだと思う。だが、はじめに自分が見たときには、たしかにそのすばらしい超放射元素ムビウムがあった。けっして自分はうそつきではない――といった。
 これを聞いた或る国の天文学者は、ムービー氏の発見は、あれはあやしいものだ。氏がうそつきでなければ、氏は気が変であろう。われわれは今後、もうあのようなきを変にする元素のことを問題にしないであろうといって、大いにやっつけた。そしてほんとうにその後、誰もムービー氏のいうことを信じなくなり、気の毒にもムービー氏は、家出をしてしまって、今はどこにいるのか分らないのであった。


   緑川博士の計画


 ところが、わが緑川博士は、ふと思い出して、ムビウムのことを考えたのであった。なるほどムービー氏の発表があってのち、博士も自ら望遠鏡と分光器ととりくんで、ムビウムをさがしたが、ムビウムはうつらなかった。だからムビウムは、やはりうそだったと思った。
 だが後になって、博士はこう考えた。
 ひょっとすると、やはりムービー氏のいうのが本当ではないかしらん。ムービー氏がはじめ見たときには、たしかにムビウムがあり、次に見たときにはそれがなくなっていたというのはそのほんのわずかの間に、星の中に大異変が起り、ムビウムがこわれて、他の物質になってしまったのではないかと、そう思ったのである。そして、そう気短に、ものをあきらめてしまってはよろしくない。そういう大事なことはもっと念をいれて、しらべをつづけるのが科学者のつとめであると思った。
 そのようにして、博士は、ムービー氏の行方不明《ゆくえふめい》になったのちも、天文台にたてこもって研究をつづけているうちに、ついに思いがけない大発見をした。それはなんであったかというと、そのころ、天の川の端《はし》に近く、ほんのかすかな光を見せて一つの彗星がうごいているのを発見したのであった。これこそ後にムーア彗星と名づけられた新発見の彗星であった。ムーア彗星を発見したことも、わが緑川博士のお手柄であったが、それよりももっともっと大きなお手柄はこのムーア彗星には、例の超放射元素のムビウムが、非常にたくさんあって、しかも彗星の周囲へ、ムビウムをまきちらしているらしいことさえ分ったのである。
 これこそ、大発見中の大発見だ! ことにこの大発見が、緑川博士がかねて考えていた計画に非常にふかい関係がある。つまり、あのたくさんのムビウムをあつめることができれば、それにより、博士が前に研究してあった新動力発生法を、本当にやれるぞと思ったのである。
 なるほど、できそうである。ただし理屈《りくつ》の上だけでは……。だが実際にやるには、なかなかむずかしい。なぜかというと、はるかの天空を、飛行機の何万倍だか何十万倍だかのはやさで走っている彗星の中から、ムビウムを採ることは、とてもできそうではない。
 緑川博士は、それを思って、はじめはがっかりしたものである。宝ものが、目の前にとんでいるのに、ざんねんながら手がとどかないのと同じようだ。大宇宙の大きさにくらべて、人間の力のあまりにも小さいことよと、博士はがっかりしたのであった。
 博士が、がっかりしたまま、ムビウムのことを忘れてしまえば、それで何もかもおしまいであった。ところが、神のおたすけがあったというのでもあろうか、或る日緑川博士は、或る会合で、例の隻脚隻腕の猛将大竹中将の席のとなりに座ったのである。そのとき、ふとムビウムやムーア彗星のことについて口をすべらしたところ、これを耳にした中将は、
「うわーっ、そいつはおもしろい大事業だ。しかも国家的の大事業じゃないか。君、若いくせに、そんなにひかんすることはない。わしにも、すこしは考えがあるよ。どうだ、今夜これからわしの家へ来なさらんか。そして二人で、よく話をしてみようじゃないか」
 と、思いがけないことばであった。
 緑川博士は、大竹中将からこのはげましのことばをもらって、たいへんうれしかった。しかしいくら中将の考えでも、このことばかりはどうにもなるまいと思った。なにしろ、ここから何億キロメートルの何億倍というほどの、はるかの天空を走っているムーア彗星から、どうしてムビウムを採ることができようか。
 そこで緑川博士は、中将との相談にでかけていったが、あまりいい話が出るとは思っていなかった。
 ところが、大竹中将は、みごとに博士を、よろこびのために、その場におどりあがらせたのだった。その模様をいうと、
「そういう獲物《えもの》をにがすということはないよ」
 と、大竹中将は、大きな拳《こぶし》で卓子《テーブル》のうえをとんと叩いて、
「つまり、われわれに覚悟さえあればいいんだ、国家のために生命をなげだすという覚悟のことだ。わかるかね。よろしい。わしは同志をつのるよ。そして必要な人員をあつめる。そして噴行艇の大部隊をつくって大宇宙遠征をやろうではないか」
「え、どうして、そんなことが……。また、噴行艇でとびだして、なにをするのですか」
 と、そのときは緑川博士は、中将の考えがよくわからなかったので、といかえした。


   火星のニュース


「なにをするって、君、わかっているじゃないか。つまりムーア彗星のところまでとんでいって、その超放射元素ムビウムとやらを採ってくるのさ」
「それはだめです。ここから、ムーア彗星までは、たいへんな距離です」
「たいへんな遠方でもよろしい。生命のあるかぎり、いけるところまでいってみようじゃないか」
「はあ」
「なにかね、そのムーア彗星は、これからのち、もっと地球に近くならないのかね」
「え?」
 このとき、緑川博士は、すいぶん大きな声をだした。よほどおどろいたのである。博士の顔は、たちまち赤くなった。なぜ?
(ああ、そうだった。自分としたことが、なんという間ぬけだったろう!)
 博士は、われとわが頭を、拳でもって、ごつんと殴《なぐ》ったのであった。
「こら待て、いくら自分の頭だからといって、そうらんぼうに殴るとはいかん……」
「いや、大竹閣下。自分は、今閣下からいわれるまで実はたいへんなことを忘れていました」
「たいへんなことを忘れていた。それは何か。いってみなさい、それを」
「いや、外でもありません。そのムーア彗星が、やがてどのへんまで地球に近づくか、その計算をまだしてなかったのです」
「ふーん」
「そうだ。何ヶ月か何年か待てば、ムーア彗星は今よりもっと地球に近くなるかもしれない」
「そのとき、こっちから出かけていけばいいではないか」
「そうでした。閣下におっしゃられて、はじめて気
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