い。まるで冬の外套《がいとう》を一枚きているぐらいのかるさだ」
 三郎は、ふしぎそうに司令塔の中をこつこつとあるいてみた。
 ところが、おどろきは、そのくらいではおわらなかった。彼の身体は、もっとかるくなっていったのである。冬の外套ぐらいの重さに感じていた宇宙服が、もっとかるくなって、やがて浴衣《ゆかた》をきているくらいのかるさになってしまったから、三郎は、全くびっくりしてしまいました。
「どうした、風間三郎」
 艇長辻中佐が、こえをかけた。三郎が、あんまりへんな顔をしていたからであろう。
「は、どうも気持がへんです」
「気持がへんだって。胸がむかむかしてきたのかね」
「いえ、そうではありませんです。この宇宙服の重さが急になくなって気持がへんなのです。まるで紙でこしらえた鎧をきているようで、狐に化かされたような感じです。艇長は、へんな気持がしませんか」
「はははは。そんなことは、べつにふしぎでないよ。月の上で、身体が自由にうごくようにと、この宇宙服の重さがはじめからきめられてあるんだ。これでいいのだよ」
 艇長のいうことは、三郎には、はっきりわかりかねたが、心配のことだけは、よくわかったので安心した。
 その艇長は、腕時計をちょっと見て、それからまた別な号令をかけた。
「窓を開け!」
 すると信号員が、窓を開けと、号令をくりかえした。
 窓が開くのだ。
 ごとごとごとと、妙な音がきこえたと思ったら、急にあたりがしずかになった。それまでにきこえていたエンジンのひびきも、司令塔内の話ごえも、みな急に消えてしまった。なんだか気がとおくなりそうであった。三郎はあわてて、あたりをきょろきょろ見まわした。
 それと気がついたのであろう、艇長は三郎の腕を、ぎゅっとつかんでくれた。
「あ、艇長……」
 と、三郎は叫んだ。がそのこえは、いつものこえとはちがって、たよりなかった。
「おい、風間艇夫。おどろいちゃいけないね。お前も、日本少年じゃないか。しっかりしろ」
 艇長のこえが、三郎の耳もとで、がんがんとひびいた。
 三郎は、艇長のこえに、元気をとりもどした。
「すみません、すみません」
 三郎は叫んだ。
「おい艇夫、お前は何かいっているらしいが、喋るときはお前の兜から下っている二本の触角を、わしの触角につけてから喋らないと、お前が何をいっているのやら、わしには一向お前の声がきこえないよ」
 艇長が注意をした。
「ああ、そうそう。それをすっかりわすれていた」
 三郎は、やっと気がついた。そして彼の触角を、艇長の触角の方へもっていきながら、
「ええ、たいへん失礼ですが、艇長の触角にさわらせていただきます。あのう、艇長、今まできこえていた声が、急にきこえなくなったので、おどろいたのです」
 と、目をくるくるうごかしていうと、艇長の目が兜の中で笑って、
「さっき、わしが号令をかけて、窓をあけさせたのは知っているね」
「ええ、知っていますよ」
 三郎は、自分の触角を艇長の触角からはずすまいと、一生けんめいに首をつきだしている。首の骨がいたい。
「窓をあけると、わが噴行艇の中の空気は、一せいに外へながれだして、艇内に空気がなくなったのだ。音は空気の波だから、空気がなくなれば、音は急にきこえなくなったのだ。それくらいのことは、お前にもわかるじゃろう」
「ははあ、なるほど」
 噴行艇のそとには、空気がすこしもないのである。だから窓をあけると、空気はどっと外へにげて、ひろがってしまったのである。音がきこえなくなったのは、このわけであるか。三郎はそのわけがやっとのみこめた。
「艇夫。そこの窓から、下をのぞいてみるがいい。これから着陸しようとする月の陸地が見えているよ。しかし、おどろかないがいいぞ」
 と、丸い窓を指さして、艇長はいった。


   月の引力


(おどろいては、いけない)
 艇長は、そういったが、三郎はそんなにいちいちおどろいていてはしようがないと思った。なに、おどろくものか、と度胸《どきょう》をすえて、窓から下を見おろした。
「あっ!」
 だが、やっぱり三郎はおどろきのこえをあげた。なんという怪奇な月世界の風景であろう。
 飛んでいく噴行艇の下は、まっくらであったが、それからずっと向こうの方を見ると、これはまたまぶしいまでに光る銀色の大きな陸地があった。
 よく見ると、その光る陸地は、けわしい山々が肩をならべて、そびえている。山の端《はし》が光って、その後は墨《すみ》でぬりつぶしたように、まっ黒な山脈が手前の方にあった。それより向こうの山脈は、全体がまぶしく光っていた。その間に、明るいひろびろとした原が見えていた。山脈の多くは、環《わ》のようにつらなって、まん中が低くおちこんでいた。まるで爆弾をおとしたあとのように見えた。
 光る陸地は、帯のよ
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