これは、人間の声に応じて、機械的に震動するようになっている。つまり私がこの兜をかぶり、兜の中でものをいうと――兜の中には空気があるから、声は出ます――すると、その声が、この触角を震動させるのである。つまり、声は空気の震動であるが、触角に伝わって、機械的な震動となって、ぶるぶるぴゅんぴゅんとふるえる。そこで私の触角と、話をしようと思う相手の人の触角とを触れさせておくと、私のいったことばは、例の震動となり、私の触角から相手の触角へ震動が伝わる。その結果、相手の耳のところにつけてある震動板――つまり高声器のようなものさ――が震動して、音を発するのだ。その音というのは、つまり私のことばであります。どうです、わかりますか」


   すばらしい性能


 つまりつまりを連発して、説明者は汗だくだくの説明をこころみた。
 三郎には、くわしいことがのみこめなかったが、よく蟻《あり》同志が話をするとき、触角をぴくぴくうごかして、たがいに触角をふれあわせているのを見たことを思い出した。蟻は、口がきけない代りに、触角をふれあわせて、ことばを相手に通じるのであろうと思っていたが、それに似たことを、いま人間であるわれわれがやろうというのであるらしい。
「触角は、二本ずつついています。右の触角は、こっちからいう方です。左の触角は、相手のいっていることを聞きわける方です。つまり右は送信用、左は受信用といったものです。わかりましたね」
 三郎は、あの説明者が、蟻と蟻とが触角をつけあって話をしているのを例にとって説明すれば、みんなは一層はっきりわかるだろうと思った。
「そのほか、この宇宙服には、いろいろな仕掛けがついていますが、いずれも自動的にはたらくようになっているから、みなさんは、べつに手をつけなくてよろしい。つまり、その仕掛けというのは、保温装置や、酸素送出器は自動的にはたらいてくれます。照明装置や、小型電機などもついていますが、これも自動的にはたらいてくれるから、心配はいらない。つまり、暗くなれば、兜の上や、腹のところや、靴の先から、強い電灯がつくようになっている。明るくなれば、自然にスイッチが切れて消える。無電も、いつでもはたらく。号令は、みな無電で入ってくる。ずいぶん便利に出来上っている。かんしんしたでしょう」
「うまく出来ているなあ」
 艇夫たちは、口々に、このすばらしい宇宙服のことをほめた。
「ちょっと、おたずねしますが……」
 とつぜん叫んだのは、三郎であった。
「何ですか、君の質問は……」
 三郎は、ちょっとあかい顔になって、
「どうも、心配なことがあるので、おききしますが、この宇宙服を着ている間は、何にもたべられないし、何にものめないのですか」
 と、たずねた。月の世界を歩きまわっているのはいいが、そのうちに、のどがかわき、腹がへって、その場に行きだおれになってはたいへんだと思ったのである。
「ああ、飲食装置のことだね。それは、今説明するのを忘れていた。失敬《しっけい》失敬」
 と、説明者は、にが笑いをして、
「飲食物は、兜の中に入っています。そして、左の腕に三つの釦《ボタン》がついているでしょう。その三つの釦には、水、肉、薬と書いてある。水の釦を押すと、水が兜の中へ出ます。ちょうど口の前に管の出口があってそこから出るのです。だから口をあいていれば、うまく口の中へ入る。どうです、うまい仕掛けでしょう」
 と、説明者は、自分が発明者であるかのように、得意になっていった。
「……肉と書いてある釦を押すと、同じ管の出口から肉がとび出します。これはかたい肉ではなく、煮《に》たものをひき肉にしてあって、おまけに味もつけてあります。それから薬と書いてある釦からは、ねり薬がとびだします。これは野菜を精製したもので、やはり糊《のり》のようになっていますから、たべやすい。この水と肉と薬の三つを、すこしずつたべていれば充分活動ができるのです。わかりましたか」
「なぜ、おべんとうをもっていって、手でつかんで口からたべないのですか」
 三郎は、質問をした。
 すると説明者は、ぷっとふきだした。
「じょうだんじゃない。兜をかぶっているから、たべられませんよ。だから、おべんとうを下げていっても、むだです。――みなさん、釦に気をつけてくださいよ」


   着陸命令


 三郎たちは、その場で、宇宙服を配給され、それを着た。
 金属で出来た鎧《よろい》や兜《かぶと》は、見たところ、ずいぶん重そうであったが、身体につけてみると、思いのほか、そう重くはなかった。なかなかいい軽合金で作ってあるものと見える。
 さて、宇宙服を皆が着てしまったところは、実に異様な光景であった。なんだか銀色の芋虫《いもむし》の化け物に足が生え、両足で立って、さわいでいるとしか見えなかった。

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