原さんはうまいことをいうねえ」
「はははは。さあ、私もむこうへいって、手つだってこよう」
鳥原青年は、向こうへいこうとする。
「あ、鳥原さん。待ってくださいよ」
「なんだ、三ぶちゃん。君は、本艇が故障を起したので、ふるえているのかね。元気を出さなくちゃ……」
「ふるえているわけじゃないよ。ただ、一刻も早く、ほんとうのことを知りたいのだよ。――で、本艇は、これから、どうなるのかね。どんどんと、宇宙の涯《はて》へおちていくのかしらねえ」
「さあ、それは何ともいえない。今、本艇の総員が力をあわせて、故障の個所発見と、それを一刻も早く直す方法を研究中なんだ。もうすこしたたないと、はっきりしたことは、だれにも分らないのだ。さあ、私もここでぐずぐずしてはいられない」
そういって、鳥原青年は、足を早めて、廊下を向こうへかけだしていった。
三郎は、しばらく廊下ごしに、艇内のあわただしい有様を見ていたが、みんなが、しんけんな顔でとびまわっているのが分るだけで、本艇の運命が、いい方へすすんでいるのか、それともわるい方へかたむいているのか、さっぱりわからなかった。それで、仕方なく彼は廊下見物をあきらめて、また元のように艇長室へ戻ったのだった。
(こんなさわぎにぶつかるんだったら、本艇にのりこむ前に、もっと宇宙のことを勉強してくるんだったのになあ)
三郎は、今さらどうにもならぬ後悔をした。
「そうだ。早く艇長さんが帰ってこられるといいんだ。そうそう、こんどこそ艇長さんの口にコーヒーが入るように、用意しておこうや」
三郎は、三度目のコーヒー沸しを始めた。コーヒーは沸いた。
しかし、艇長辻中佐は、部屋へかえってこなかった。
「ああ、惜《お》しいねえ。今、艇長さんがもどってこられると、コーヒーのおいしいところがのめるのだけれど……」
艇長のもどってくる様子はなかった。
三郎は、なんとかして、こんどこそは艇長にコーヒーをのませてあげたくて仕方がなかった。なにかいい方法はないであろうか。
三郎は、しばらく小さい胸をいためて、考えていたが、やがて思いついたのは、今沸かしたコーヒーを、魔法瓶の中に入れて、司令室にいる艇長のところへ持っていくことだった。
「ああ、それがいいや」
三郎は、元気づいた。早速《さっそく》魔法瓶にコーヒーをつめて司令室へ持っていった。
ふくざつないろいろな器械にとりまかれた司令室で汗まみれになって、次々に号令を下していた艇長辻中佐は、三郎の持って来た思いがけない好物の飲物をうけとって、たいへんよろこんだ。
「ああ、艇夫。お前はなかなか気がきく少年だ。ありがとう。これで元気百倍だ」
艇長は、湯気のたつコーヒーをコップにうつして、うまそうに、ごくりとのどにおくった。そこで三郎はたずねた。
「艇長。本艇の故障は直りそうですか」
「うん、極力やっているが、飛びながら直すのはちと無理らしい。この調子では、本艇を陸地につけて直すことになるらしい」
「本艇を陸地へつけるというと、またもう一度地球へ戻るのですか」
「いや、地球までは遠すぎて、とても引返せない。着陸するのなら、月の上だよ」
「へえ、月の上に着陸するのですか」
月世界へ
月の上に着陸するのだという。
それをきいて、風間三郎少年のおどろきは大きかった。月といえば、いつも地球のうえでうつくしくながめていたあの月だ。三日月になったり、満月になったりする月。雲間にかくれる月、兎が餅《もち》をついているような汚点《おてん》のある月、いや、それよりも、いつか学校の望遠鏡でのぞいてみた月の表面の、あのおそろしいほどあれはてた穴だらけの土地! その月の上に着陸するときいては、三郎少年の胸は、あやしくおどるのだった。
「艇長。月の上へ着陸できるんですか」
三郎は、辻中佐に、たずねないではいられなかった。
「それは出来る。なかなかむつかしいが、出来ることは出来る。わしは一度だけだが、月の上へ降りたことがある」
さすがに艇長だけあって、辻中佐は、月の上に降りたことがあるという。三郎は、それをきいて、まず安心したが、しかしどうして月の上に降りられるのか、またどうして月の上で、人間がいきをしていられるのか、ふしぎでならなかった。
「艇長。月の上には空気がありませんね。すると人間は、呼吸《いき》ができないではありませんか」
「それはわけのない話だ。酸素吸入をやればよろしい。われわれも現に噴行艇の中で、こうして酸素吸入をしながら安全に宇宙をとんでいるではないか。だから、月の上に降りれば、一人一人が酸素吸入をやればいいのだよ」
「なるほど、そうですか。じやあ、一人一人が、酸素のタンクを背負うのですね」
「まあ、そうだよ」
三郎少年は、やっとわかったような気がした。月の上へ降りて
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