なった。コーヒー沸しのふたも、まだおとなしくしている。
(一体、なんだろうなあ、めずらしいものというのは?)
三郎が、いやに考えこんでいたとき、天井につけてあった呼鈴《よびりん》が、ぶうぶうぶうと鳴りだした。それは艇長をよびだしている信号音であった。
「艇長、電話です」
三郎がいうと、地球儀のうえに筆をはこんでいた艇長は、やおら顔をあげ、
「そうらしいね。はい、艇長は電話にかかった」
“はい、艇長は電話にかかった”――ということばは一種の暗合であった。そういうことばをいうと、スイッチが、高声器の方へ切りかえられるのであった。スイッチを手で切りかえるかわりに“ハイ、艇長は電話にかかった”といえば、スイッチが切りかえられるのである。
むかし、岩の前に立って、“開けゴマ”とさけぶと、岩が二つにわれて、その間から入口があらわれるという話があるが、今はそれと同じことをやって、スイッチを切りかえられるのだった。これを、音波利用のスイッチという。
高声器から、ぷっぷっという雑音が出てきたと思ったら、とたんに大きい当直長のこえがとびだした。
「艇長。只今、地球が夜明けになりました、どんどん夜が明けております」
「ああそうか」
「雲があるようですが、相当うつくしい輝いて見えます。おわり」
「ああそうか。ご苦労」
当直長のこえは、高声器の中に引込んでしまった。
「どうだ。今の電話をきいたろう」
艇長が三郎にこえをかけた。
「あ、今の電話ですか。地球が夜明けだというんですね。そんなことは、一向《いっこう》めずらしいとは思いません」
三郎は、なあんだという顔をした。
「はははは。一向めずらしくないというのか。めずらしいかめずらしくないか今見せてやるから、それを見たうえのことだ」
そういうと艇長は、壁の釦《ボタン》を押した。
すると、二メートル四方ほどの壁ががたんと下におちた。壁の奥には、精巧なテレビジョン装置が、はめこんであったのである。これを使えば、中にいながち、艇の外が手にとるようにはっきり見える。
地球が見える
艇長は、例の器用な手つきで、テレビジョン装置についている五つの目盛盤をしきりに合わしていたが、やがて小さなスイッチをぽんといれると、映写幕がぱっとあかるくなった。
映写幕は、約一メートル平方の大きさであった。そのうえに、なんだか銀色にかがやく櫛《くし》のようなものがあった。
艇長は、それをみながら、また更に目盛盤を、うごかした。すると、映写幕のうえの像が急にはっきりしてきた。
「ほら、うまく出てきた。これが地球の夜明けだ。いや、夜明けは、この端《はし》のところだけで、きらきら光っているところは、もうすっかり朝になっている」
「えっ、地球が見えているんですか、なんだか銀の櫛みたいだなあ」
「よく見なさい。まっ黒な宇宙を丸く区切って、ここに地球の輪廓《りんかく》が見える」
なるほど、それはたしかに見える。西瓜《すいか》を二倍大にひきのばしたくらいの大きさであった。
「分ったかね。これが、われわれのうしろにとおざかっていく地球だ。地球が、今日は満月のように丸く輝いてみえるのだ。ほら、どんどん輝いている面積が広くなっていく」
どういうわけか、どんどんひろがっていくのであった。それは、地球の重力がとどかない遠方に、この噴行艇が出てしまったために、それで地球が早く廻って見えるのだと、あとで分った。
輝く地球は、全くものすごい。ながく見ていると、身体がさむくなってくるような感じであった。
「見ていると、身体が、ぞくぞくしてきますね」
三郎は、いつわりのない感想をのべた。
「ああ、もうずいぶん遠く離れたという感じだねえ」
艇長は、距離のことを考えている。
「月は、どのくらいに見えますか」
「そうだねえ。月がこの噴行艇のそばへ廻ってくれば、これよりももっと大きく見えるはずだよ。おい艇夫。コーヒーが、ぷうぷうふいているじゃないか」
「あっ、コーヒーのことを忘れていた」
三郎は、大いそぎで、コーヒーのところへとってかえした。
「ああっ、少しで、コーヒーをまたやりそこなうところでした」
三郎は、卓子《テーブル》のうえで、コーヒーを注《つ》いで出した。
艇長は、テレビジョン装置のスイッチを切って、壁を元どおりにし、コーヒーをのむために卓子についた。
「ほう、これはよくわいている。あちち」
艇長は、コーヒー茶碗《ぢゃわん》のふちで、口をやいたので、あわててそれをがちゃんと下においた。そのありさまがとてもおかしかったが、三郎はふきだすのをがまんした。艇長さんのことを、あまり笑うものではないからである。
「こんな宇宙のまん中で、コーヒーがのめるなんて、ありがたいことだ」
艇長は、コーヒーをふきながら、ひまつぶし
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