…」
「それは、こうだよ。地球のうえから月を見ると、黒ずんだところがある。その黒ずんだところが、ちょうど海のように見えるので、それで『海』というのだ。『笑いの海』というのが、つまりは、岩でできた平原なんだ。降りてみれば、よくわかるがね」
「はあ、そうですか。『笑いの海』の『笑い』というのは、どんなことですか」
「それは地名だよ。伊勢湾《いせわん》の伊勢と同じことだよ。しかし一説に『笑いの海』の黒ずんだ形がなんとなく笑っている人間の横顔みたいだから、それで笑いの海というのだと説く人もある」
「へえ、笑っている人間の横顔ですって」
三郎は、また窓から、月の世界をのぞいた。
「ほら、あそこだ。一番高い山の左をごらん。まだ形がはっきりしないが、あの黒いところが『笑いの海』だ。笑っている人間の、鼻だの口だの頬だの、あたりが見えている」
「ああ、見えます、よく見えます」
三郎には、艇長のいったとおりの、月の面にはいっている笑いの顔の一部が見えた。
そういううちに、噴行艇は、月面に対していよいよ高度を下げてきたものと見え、光の帯のように見えていた太陽のあたる月面は、いつのまにやら幅が川のようにひろくなり、それがなお近づいて、ますますひろくなった。やがてそれは、洪水のようにひろがり、噴行艇のま下まで明るくなった。とたんに、魚雷のような形をした噴行艇の影が、くっきりと、月面のうえに落ちて、山脈も岩の平原も、流れるようにずんずんと後へ走っていった。
「着陸用意! 重力装置を反対にしずかに廻せ!」
艇長の号令が、無電にのって出た。
電力装置が、反対に廻りだした。すると、噴行艇の落下速度が喰いとめられた。艇はだんだん高度を下げていきながら、もりあがってくる月面の上に、ふわりと降りた。まるで蒲団《ふとん》のうえに落ちたかのように、しずかに着陸したのであった。ごとんと、たった一回だけ艇はゆれただけでじつに見事な着陸ぶりであった。
噴行艇は、笑いの海に、巨体をよこたえたのであった。
上陸第一歩
笑いの海に着陸すると、艇員たちは、俄《にわか》にいそがしくなった。
号令は、無電をもって、矢《や》つぎ早《ばや》につたえられた。
重い扉が、内側にむかって開かれた。すると、中からはしご[#「はしご」に傍点]が下ろされた。
「艇長、下艇の用意ができました」
「よろしい。わしが
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