るのさ。だから、今は、機械をうごかして、この艇内には、人口重力が加えてあるのさ」
「人口重力て、なんですか」
「人口重力というのは、人間の手でこしらえたにせの重力のことさ。そうでもしないと、たとえばこの食卓のうえに味噌汁のはいった椀《わん》がおいてあったとして、お椀をこういう工合《ぐあい》に、手にとって口のところへ持ってくるんだ。すると、お椀ばかりが口のところへ来て、味噌汁の方は、食卓のうえに、そのまま残っているようなことがおこるんだ」
「えっ、なんですって」
三郎には、鳥原のいうことが、すぐにはのみこめなかった。なにしろ、あまり意外なことだったので、
「あまりへんな話だから、分らないのも無理はないよ。その話は、この前、僕が宇宙旅行をしたときに、実際あったことなのさ。そのとき僕はずいぶん面《めん》くらったよ。なにしろ、口のそばへもってきたお椀は空《から》なのさ。そして味噌汁が、食卓のうえに、まるで雲のようにかかっているのさ」
「雲のようにかかっているとは、どんなことかなあ」
「雲のようにというのが、分らないのかね。つまり、よく富士山に雲がかかっているだろう。あれと同じことで、味噌汁が、下へこぼれ落ちもせず、まるでやわらかい餅《もち》が宙にかかっているような恰好《かっこう》で、卓上《テーブル》の上をふわふわうごいているんだ。僕はおどろいたよ。そして、仕方がないから、両手をだして、宙に浮いている味噌汁をつかんでは、椀の中におしこみ、つかんではおしこんだものさ。あははは」
鳥原は、そのときのことを思いだしてか、おかしそうに肩をゆすぶった。
「ずいぶん、おもしろい話ですね」
「おもしろいのは、話として聞くからだ。ほんとうに、こんな目にあってごらん。それこそ、あまりふしぎで、気もちがわるくて仕方がないよ」
そういっているとき、小食堂の天井《てんじょう》にとりつけてあるブザー(じいじいと蜂《はち》のなくような音――を出す一種の呼鈴《よびりん》)が鳴りだした。
「あっ、いけない。もう交替時間だ」
風間三郎は、ひょこんと椅子からとびあがった。
交替時刻
「第六直艇夫、作業やめ。第一直艇夫、持ち場につけ!」
高声器から、先任の当直操縦士の声が、ひびきわたる。
「そら、交替だ」
だっだっだっと、靴音が廊下に入りみだれる。
風間三郎少年は、ほのあかるい廊下を、
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