、思わず心臓をドキリとさせて、通信手の顔を見つめました。
「日本の潜水艦がいないのです。さっきから、水中を伝わって来ていた敵艦のスクリューの音が、パタリとしなくなりました」
「なに、推進機の音がしなくなった? それはいつのことだ」
「もう十分ほど前です」
「なぜもっと早く知らせないんだ」
「敵艦は、もう逃げてしまったのでしょう」
「ばか! な、な、なんてことだ……」
船長の顔は、ひきつけたときのように歪みました。
丁度そのときでした。
百|雷《らい》が崩れ落ちたような大爆発が、この大汽船の横腹をぶッ裂きました。船底から脱け出した第八潜水艦の魚雷が命中したのです。
ガラガラガラ――
積荷もボートも船員も一緒に空中へ舞いあがりました。つづいて巻上る黒煙――船は火災を起して早くも沈みかけています。
大胆不敵の戦術によって、地獄の中から生を拾いあげた第八潜水艦は、はるか離れた海上で×船の最期を見送ると、もう前進を始めました。
艦長の元気な号令が聞えます。
「僚艦の後を追って水面前進! 進路は北東北、速力二十ノット」
目ざす×の大商戦隊
わが頭の上にあり!
鼻をつままれても判らぬような暗夜を、前進また前進です。海面は波立っているらしく、艦体がしきりにもまれます。
第八潜水艦の艦長清川大尉は、司令塔の上に儼然と立ちつづけています。
「通信兵!」と艦長は呼びました。
「はッ」
「まだ旗艦からの無線電信は入らぬかッ」
「まだであります」
「そうか」
人声も消えて、また元の、おっかぶさるような闇です。
司令塔の下からは、あえぐようにエンジンの音が聞えてきます。機関兵たちは休息もとらず、ひたすらエンジンを守っています。
「通信兵!」
とまた艦長が叫びました。
「はッ、ここにおります」
「まだ旗艦からの信号はないかッ」
「残念ながら、まだであります」
「そうか」
艦長はまた口を閉じました。軽い溜息をついて、二三歩狭い司令塔の中に歩《ほ》を移しました。
「艦長どの、報告」
通信兵の側に立っていた伝令兵が、突然叫びました。
「おお、そうか」
「旗艦からの報告です」
白い電信紙が、懐中電灯を持った艦長の手に渡りました。
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「本艦ハ唯今、×国ノ商船隊ト覚シキモノヨリ発シタル無線電信ヲ受信シタリ。ヨリテ方向ヲ探知スルニ東南東ナ
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