とを発見するかもしれない。そこだよ、大切なところは。これほど真面目な重大な使命が、ほかにあるだろうか。国防の最前線に立つ将校|斥候《せっこう》を、あえて君は不真面目というのか」
 大佐の言葉は、一語一語、火のように熱かった。


   貴重なステッキ


「ああ恐れいりました。私が考えちがいをしておりました」
 太刀川は、はっとテーブルのうえに顔をすりつけて、大佐にあやまった。
 原大佐の顔に、微笑がうかんだ。
「おお、わかってくれたか。太刀川」
「はい、わかりました。私をお選びくださって、忝《かたじけの》うございます。皇国のために、一命を賭けてこの仕事をやりとげます」
「おお、よくぞいった。それでこそ、私も君を呼んだ甲斐があった」
 と、大佐はつと起立すると、太刀川の方へ手をのばした。二人の手はがっちりかたく握りあわされた。二人の眼は、しつかり相手を見つめていた。大きな感激が、大佐と青年との心をながれた。
 やがて二人は、また席についた。
「原大佐。それで私は、どういう事をすればよいのですか」
「うん、そのことだ。いずれ後から、くわしく打合わせをするが、まず問題の場所だ。これは今もいったとおりこの空缶は、流球のある海岸にうちあげられたのだ。どうしてそんな場所へうちあげられたかをいろいろ研究してみると、謎の空缶の投げ込まれた場所は、北赤道海流のうえであると推定されたのだ」
「はあ、北赤道海流ですか」
「そうだ。君も知っているとおり、この北赤道海流というやつは、太平洋においては、だいたいわが南洋諸島の北側にそって東から西へ流れている潮の流だ。それはやがて、フィリッピン群島にあたって北に向をかえ、わが台湾や流球のそばをとおり、日本海流一名黒潮となる。だから、もし南洋附近の潮の道に空缶を投じたものとすれば、潮にのって押しながされ、琉球の海岸へうちあげられてもふしぎでない」
「そのとおりですね」
「だからあやしいのは、その北赤道海流のとおっている南洋のちかくだということになる。そこで君は、香港までいって、香港から出る太平洋横断の旅客機にのりこみ、アメリカまで飛んでもらいたい」
「え、旅客機で、太平洋横断をするのでありますか」
「そうだよ。あの旅客機は、幸いにもちょうど北赤道海流の流れているその真上を飛んでゆくような航空路になっている。君は機上から、一度よく偵察をするのだ。その模様によって、第二の行動をおこすことにしてくれたまえ」
「はい。誓って任務をやりとげます」
 ここに太刀川青年は、特別任務を帯びて、謎の太平洋へ出発することとなった。
 その前三週間、彼は短期ながら、偵察員としての特別の訓練をうけた。早くいえば探偵術を勉強したのである。
 いよいよ出発の日、原大佐は太刀川青年をよんで、最後の激励の言葉をのべ、そのあとで、
「おい太刀川。君にぜひとも持ってゆかせたいものがある。これだ。これをもってゆけ」
 といって、渡したものがあった。それはチョコレート色の太いステッキであった。
「これはステッキですね。ありがたく頂いてまいります」
「ちょっと待て。このステッキは、見たところ普通のステッキのようだが、実はなかなかたいへんなステッキなのだ」
「え、たいへんと申しますと」
「うん。このステッキの中には、精巧な無電装置が仕掛けてある。これをもってゆき、こっちと連絡をとれ。しかし、むやみに使ってはならぬ」
「はい、これは重宝なものを、ありがとうございます」
「なお、このステッキは、いよいよ身が危険なときに、身を護ってくれるだろう。あとからこの説明書をよんでおくがいい。しかしこれも、むやみに用いてはならない」
 といって、原大佐は一冊の薄いパンフレットをわたしたが、どこからどこまでも行きとどいたことであった。
「では、いってまいります」
「おお、ゆくか。では頼んだぞ。日本を狙う悪魔の正体を、徹底的にあばいてきてくれ。こっちからも、必要に応じて、誰かを連絡のために向ける。とにかく何かあったら、その無電ステッキで知らせよ。こっちの呼出符号は、そこにも書いてあるとおり、X二〇三だ」
「X二〇三! ほう、二十三は、私の年ですから、たいへん覚えやすいです」


   乱暴な怪漢


 熱帯にちかい香港に、太刀川青年がぶらりと姿をあらわしたのは、七月一日であった。壮快な夏であった。海は青インキをとかしたように真青であり、山腹に並ぶイギリス人の館の屋根はうつくしい淡紅色であり、そしてギラギラする太陽の直射のもと、街ゆく人たちの帽子も服も靴も、みな真白であった。どこからともなく、熱帯果実の高い香がただよってくる。
 太平洋横断アメリカ行の飛行艇サウス・クリパー号は、湾内にしずかに真白な翼《つばさ》をやすめていた。それはちかごろ建造された八十人乗りの大飛行艇で
前へ 次へ
全49ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング