った。ピストルを握るのは、膏薬《こうやく》をはりつけた汚い手だった。指が引金にかかった。
とたんに、ドン! 轟然たる銃声!
おそわれた無電室
パーン!
ピストルの音が、びりっと無電室の壁をゆすぶった。
「あ!」
ダン艇長は、身をかわしつつ、うしろの扉をふりかえった。
扉がすこしばかり開いている。その間から、ぬっとピストルの銃口がでている。
――と、たてつづけに、パーン、パーン。
カーンと金属的な音がした。
と思ったら、いままでジイジイと鳴っていた写真電送の器械が、ぷつんと、とまってしまった。
(あ、やられた)
艇長が叫んだとき、
「うーむ!」
と、くるしそうな、うめきごえをあげて、今まで器械の前に、両肘をついていた通信士の体が、横にすーっとすべりだした。
「おお、撃たれたか!」
艇長が、おもわずその方へ走りよろうとしたとき、通信士の体はぐにゃりとなって、椅子もろとも、はげしい音をたてて、床にころがった。
つづいてパン、パン――
ぴゅーんと、艇長の頬をかすめて、弾は窓をつらぬき、外へとびだした。
「うー」
艇長は、うめいて、ぴたりと床にはらばった。何やつだと思った時、
「動くな。動けば、命がないぞ!」
聞きなれない太いこえが、ダン艇長の頭のうえからひびいた。
艇長は、勇気をふるって、首をうしろにねじむけた。と、その時、
「ああ、――」
艇長の目はレンズのように丸くなった。
彼は一たいそこに何を見たか。
一挺のピストルを握った膏薬《こうやく》ばりの手!
その手は、まぎれもなくあの老夫人、乗客ケント老夫人の手だった。
いや、姿は老夫人であったけれど、その鼻の下には、赤ぐろい髭がはえていた。大きな膏薬がはがれて、その下からあらわれたのである。
変装だった。
「一たい、き、貴様は何者だ!」
ダン艇長は、さすがに勇気があった。
「なんだ。おれの名前を聞きたいというのか。ふふん頭のわるいやつだ」
と老夫人にばけていた男は、にくいほど落ちつきはらって、無電室にはいり後の扉《ドア》をしめた。そしてピストルを、ぐっとダン艇長の鼻さきにつきつけ、
「写真電送をうけるのが、も少し早かったら、君は、おれのりっぱな肖像を、手に入れたことだろう。いや、そうなっては、こっちが都合が悪かったんだ。いや、きわどいところだったよ。あっはっはっ」
「なに! じゃ貴様は、例の二人組の共産党員の片われ?」
「ほほう、いまになって、やっと気がついたのか。名のりばえもしないが、君がしきりに探していた共産党太平洋委員長のケレンコというのは、おれのことだ。忘れないように、よく顔をおぼえておくがいい」
彼は、頭からすぽりと、かぶっていた頭巾《ずきん》をかなぐりすてた。
「あ、ケレンコ! うーん、貴様がそうだったのか!」
ダン艇長は、ぶるぶると身ぶるいしながらも、ケレンコ委員長のむきだしの面構《つらがまえ》を見た。
大きな高い鼻、太い口髭、とびだした眉、その下にぎろりと光る狼のような目!
勝ちほこるケレンコ委員長のにくにくしいうす笑!
仮面をぬいだ悪魔
「おい、立て!」
ケレンコはどなった。
「聞えないのか。立てというのに」
ケレンコは、ピストルを握りなおして艇長につきつけた。
艇長は、いわれるままに、するほかはなかった。
「こんどは、両手をあげるんだ」
ケレンコがつづけざまにいうので、
「貴様は、この艇長の自由をしばって、どうしようというのか」
「どうしようと、おれの勝手だ。文句をいわずに手をあげろ、四の五のいうと命がないぞ」
「なに、命がない? 馬鹿をいうな。艇長を殺すことは、貴様も一しょに死ぬことだぞ。艇長がいなくなって、このサウス・クリパー号が安全に飛行できると思うか。それに――」
「それにどうした」
「わが艇員は、貴様のような無法者をそのままにしておかないだろう。無電監視所が変事《へんじ》をききつけて、いまに救援隊がかけつけて来る」
「うふふふ。何をほざく。貴様のうしろを見ろ、無電装置が、ピストルの弾で、こわされているのに気がつかないのか。そんなことに、手ぬかりのあるケレンコ様か」
「え――」
艇長がふりかえってみた。はたして無電装置の真空管が、むざんにも撃ちぬかれて、こわれていた。
(ああ、艇員たちは、一たい何をしているのだ。艇内が、エンジンの音でやかましいといっても、あのピストルの音が聞えないはずがない)
そのとき、とつぜん扉の向こうにはげしい銃声がきこえた。
「あ、あれは――」
艇長がおもわずさけんだ。
「ほう、やっているぞ。艇長さん。あれが耳にはいったかね」
ケレンコ委員長は、にやりと笑って、艇長の方を見た。
「なんです。あの銃声?」
「うふ、そんなに知りたいのかね
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