も、例の酒が体にまわっているとみえて、
「あああ、あやしい奴!」
 と、いうさけびもしどろもどろだ。太刀川の鉄拳に、脾腹をやられ、ぎゃっとたおれるところを、三人はすばやく通りぬけて、潜水服置場に走った。ここには、あきれたことに、誰もいない。今夜は、衛兵たちはみな、さっき倒した番兵一人に、一切の見張をまかせて、ふるまい酒に酔いくらっているらしい。三人はこれさいわいと、潜水服を壁からおろして、すっぼりかぶってとめ金をした。
「あ、もうあと五分だ。いそがないと、われわれの命があぶない」
 と、ダン艇長がさけんだ。
「先生、わたくしは、うごけません」
 石福海は、潜水服を着たのはいいが、体が小さいので、前へも後へもうごけなくなった。
「よし、だいてやるから、安心しろ」
 太刀川とダン艇長とが、両方から石少年をかかえて、ついに防水扉を開いて外へ出た。


   ああ太平洋魔城


 外は、海水が、海底要塞の照明灯にてらしだされてうつくしくかがやいていた。
「ああ、あそこに水中快速艇がある」
「早く、早く。あともう四分しかない。これでは、安全なところまで、逃げられないかもしれない。たいへんなことになった」
「なあに、ダン艇長。心配は、あとにして、一刻も早くとび出そう」
 太刀川は、エンジンをかけた。ハンドルをしっかりにぎつて、アクセルをふめば、水中快速艇は、矢のように走りだした。
「あと、もう二分!」
「もう一キロメートル半、遠のいた」
 あと二分のちに、なにごとか起るのであろうか。まず、監禁室にのこしておいた火薬箱が爆破するであろう。
 だが、そればかりの爆薬で、あの堅牢無比の海底要塞が、びくともするものではない。それでは……
「もうあと一分だ!」
「三浦、ロロの二人は、うまくやってくれたろうか」
 この二人は、カンナ島で、どんなことをやっていたのか。じつは、これこそすばらしい思いつきであったのだ。
 それはカンナ島の石油の利用であった。無尽蔵といわれるカンナ島の石油は、大きな油槽にたくわえられ、必要なときに、海底要塞へおくられていた。太刀川はこの話をきいたとき、この石油を、海底要塞に通ずる秘密通路へながしこむことを考えついたのである。
 秘密通路にながれこんだ石油は、どうなるか――まずあの監禁室にはいり、それから扉のすき間から外へあふれだし、やがて川のようになって、廊下をながれ、中央発電所の空気窓から、滝のようになって中へとびこむだろう。いや、海底要塞の中、いたるところ、石油びたしになってしまうだろう。
 そのとき、火薬が爆発して火がついたら、どういうことになるか?
 まさに、たいへんである。この世のものとは思えない、おそろしい大爆破だ。――わが太刀川がねらったのはここである。
「ああ、あと三十秒だ! 神よ!」
 と、ダン艇長がうめくようにいった。
「さあ、水面にうきあがるぞ。島だ。カンナ島だ!」
 太刀川は、ハンドルをきりきりとまわした。あっという間に、水中快速艇は、どしーんと、海岸の砂にのりあげた。
 そのとたん、ダン艇長は、艇から、あやうくなげだされようとした。
 十二分はすぎた。時間だ。
 太刀川は、操縦席から、どさりと砂浜のうえになげだされたが、すぐさまはねおきて、月光にうかびあがる大海面をふりかえった。
(はてな?)
 太刀川は、もう立っていられなくなって、ふらふらとそのまま尻餅をつこうとした。その時、前方の海面が、ぱっと、真昼のようにかがやいた。太刀川が生まれてはじめて見たものすごい明るさだった。
「あ!」
 というさけび、ついで、まっ赤な焔が、天をついた。ゴ、ゴ、ゴーッ、ドドドーッ、バリバリバリッ。
 天地もくずれるような大音響! ひゅーうと、嵐のような突風が三人の頬をうった。大地は、大地震のように、ゆらゆらとゆれた。三人は、砂上にはった。その上を、どどーんと、大波がとおりこしていった。大爆発によって生じた津波が、カンナ島にうちあげたのであった。
「とうとう、やった。海底要塞の大爆破だ……」
 太刀川がさけんだ。
 ごうごうの爆音は、それからまだ十四、五分もひっきりなしにつづき、閃光はぴかぴかと夜空にはえた。
 海は一面、すさまじい焔が、もえひろがって、ものすごくかがやいている。
 砂上にたちつくしている太刀川の頬を、あつい涙が、はらはらとつたわっておちた。
 思えばあやういところであった。もしも一隻の恐竜型潜水艦が、太平洋へとびだしたとしたら、こんなことではすまなかったであろう。日本の海軍は、世界にほこる強大な海軍であるが、怪力線砲をもつ恐竜型潜水艦の威力も、われわれは、わすれることはできない。恐竜型潜水艦は、かたく下りたあつい鉄扉にさえぎられ、一隻もとびだすことができなかったのは、何よりであった。
 魔城ほろんで、
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