はうんと長く前へつきだしていて、蛇の腹のようである。ふとい胴中は、鼠のようにふくれ、背中と両脇とに、三角形の大きな鰭《ひれ》がついている。しり[#「しり」に傍点]尾はふとくながい流線型で、そのつけ根のところに、八つばかりの推進機がまわっていたようである。「おい、リーロフ。わしたちは、水中快速艇で戦隊のあとをおいかけることにしよう。快速艇をこっちへ呼んでくれ」
ケレンコの声に、太刀川は、やっと我にかえった。
恐竜戦隊の出動
「司令官閣下、どうぞ」
快速艇がくると、潜水服姿の太刀川は、リーロフの声色《こわいろ》をつかって、こういった。ケレンコが、のりこむと、
「さあ、リーロフ。お前も早く」
とせきたてた。太刀川は、のりこみながら、
ふと思いだして、
「演習に出かけると知ったら、酒を五、六本持ってくるんだった」
と、わざと酒ずきのリーロフらしいことをいえば、ケレンコは、
「ふふふ」
と笑って、
「お前の潜水服の内がわには、酒びんをとりつけてあるときいたぞ。そんな仕掛をしてあるのに、酒とはへんだね。第一、酒びんをさげてきても、潜水服をきていたんでは、のもうにも、のめんじゃないか。リーロフにしては、また妙なことをいいだしたものじゃのう」
ケレンコの口ぶりには、どこか、皮肉なところがあった。
太刀川は、どきんとした。共産党随一のちえ者といわれるだけあって、これはゆだんがならぬぞと思ったのである。そういえば、この潜水服をきたときから、耳のうしろでどぶんどぶんと音のするものがあって、気になって仕方がなかった。これが、リーロフが特別にこしらえさせた酒びんかもしれない。
太刀川は、ふと鼻の先に、赤ん坊が口にくわえる牛乳の吸口みたいなものが、ぶら下っているのに気がついた。
(はて、これかな)
と思って彼は、その吸口みたいなものをすってみた。すると、どろんと口中にながれこんできた液体が、舌をぴりぴりとさした。そしてぷーんと、はげしい香が鼻をついた。
(あ、火酒《ウォッカ》だ!)
酒びんの中から、ゴム管でつながっていたのだ。それをケレンコが、知っていたのだ。たいていの者なら、このへんで、降参してしまうところかも知れない。が、わが太刀川青年は、腹の中でふんと、せせら笑っただけである。
「あははは、あははは。司令官閣下から御注意をうけるまでもなく、私の分だけなら、ここに十分もってきていますよ。あははは」
「うむ、じゃ、どうするつもりなんだ」
「つまりその、あなたがたが、のみたくなったときに、こまると思いましてね」
「なに」
「いや、今日の演習がおわるまでに、きっと、酒をのみたくなることが、できてきますよ。きっとそうなります。そのときに、私ばかりがのんでは、いやはやお気の毒さまで……」
それをきくと、ケレンコは、「ふふふ」とふくみ笑をしたが、運転士の方へむきなおると、
「おい、まだ戦隊においつけないのか。なにをぐずぐずしている」
とどなった。
「は。閣下はまだ出発号令をおかけになりませんので……」
「ばか、ばか、ばか。貴様は何年運転士をつとめているのか。よし、こんどかえったら、銃殺だ」
「ええっ、閣下。それはあんまり……」
「やかましい。早く快速艇を走らせろ」
「へえい」
とたんに、ケレンコと太刀川は、いやというほど後頭《うしろあたま》を潜水兜のふちにぶっつけた。おどかされてふるえあがった運転士が、いきなりエンジンを全速力のところへもっていったからであった。
近づく大艦隊
「司令官。戦隊においつきました」
運転士が、よろこびの声をあげていった。
「だが、まだなにも見えんではないか。うそをつくと――」
と、ケレンコがいいかけると、
「正面、舳のわずか右上に、うす黒く、ぼんやりしたものがあるでしょう」
「あああれか。なるほど」
ケレンコの目に、やっとはいった。
それから彼が妙にだまったと思ったら、座席の下から、水中無電気の受話器をひっぱりだして、耳にあてていたのである。
それを見て、太刀川も、すぐ座席の下に手をのばして、受話器をとり、人工鼓膜にあてた。
さかんに無線電話がきこえてくる。早口でしゃべっているのは、前にいく恐竜第六十戦隊の司令パパーニン中佐からであった。
それは、途中からであったが、
「――約八十隻ノ潜水艦、約百五十隻ノ駆逐艦、ソノホカ大小ノ特務艦十数隻……」
ここまできいて、太刀川は、ぎくんとした。太平洋上を、このような大艦隊がうごいているとすれば、それはわが海軍にちがいない。だが一たい、いかなる目的でどこへ向かっていくところであろうか。
「――海上ハ波オダヤカニシテ、晴天ナレド雲アリ。空中二相当爆音ヲキクモ、飛行機ノ種別、台数ハ不明ナリ。彼ノ針路ハ西南西微西!……」
西南西
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