もってきてください」
 ダン艇長は、さいぜんから太刀川青年の胸のすくような[#「すくような」は底本では「すくよううな」]応対ぶりに見とれていたが、はっとわれにかえり、いいつけどおり、この操縦室の網棚から麻綱の束をかかえおろした。
「さあ、ケレンコさん。これで胴中をゆわえて、僕と一しょに早くきて下さい」
「ちょ、ちょっと待て。わ、わがはいはこまる。誰か外の艇員をつれてゆけ」
 ケレンコは一歩後ずさりをした。
「何をいっているのだ、ケレンコ! ほんとに命が大事だと思う者がゆかなければ、この艇をすくうことはできやしないよ。艇長たちは、暴風雨相手に操縦することだけで一ぱいなんだ。これはどうしても、君と僕の二人がやるべき仕事のようだね」
「うーむ」とケレンコはうなった。そして後をふりむき、
「おいリーロフ。君はわがはいよりも、はるかに技術者で、力がある。君がゆけ」
 すると、さっきから二人のおし問答に、耳をかたむけていた大男のリーロフは、何を思ったか、おおきくうなずくと、
「よし、じゃ、おれがゆこう。ケレンコ、こっちの艇員どもは、君にあずけたよ」
 といって、彼はピストルをポケットにしまいこむと、太刀川青年に見ならって、麻綱を胴中にぐるぐるとまきつけた。


   大冒険!


 このままほうっておけば、艇は墜落するよりほかないのだが、それにしても、諸君、太刀川青年はすこし、やりすぎたのではないだろうか。この暴風雨中に、艇外へ出て、方向舵をなおすなんて、人間わざでできることではない。日本をはなれるとき、原大佐から重大使命をさずけられた身として、かるはずみのしわざ[#「しわざ」に傍点]ではあるまいか。
 いや諸君、太刀川青年は、けっしてその重大使命をわすれるような男ではない。いや、これを思えばこそ、ケレンコ事件がおこってからこっち、ひそかに計画をすすめていたのだ。
 その重大使命をはたすために、彼は、にくむべきケレンコとリーロフの国際魔二人を、死なせてはならないと思っていたのだ。
 なぜ? その答は、太刀川青年の胸のなかにある。今はただ謎として、これだけを承知しておけばよいのだ。
 それはともかく、太刀川のたてた計画は、順序正しく、はこびつつあった。
 操縦室の停電も、それであった。
 そして停電のすぐ後に、猿のようなものが、しのびこみ、ケレンコにちかづき、何事かしてまた出てい
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